差した。それはどうやら太陽の光りではなく、電灯の光りのようであった。もし八十助が、瓦斯《ガス》マスクをかけられていなかったなら、このときプーンと高い土の香りを嗅いだことであろう。たとえば掘たての深い地下|隧道《とんねる》をぬけてゆくときのように。
そこへ、ヒソヒソと、人間の話し声が聞えてきた。何を云い合っているのか、一向に意味がわからない。そうこうしているうちに、棺桶は人間の肩に担《かつ》がれたようであったが、ゴトンと台の上らしいところへ載せられた。そして間もなく、シュウ、シュウという音響が聞えて来て、青い光芒が棺の隙間から見えた。
「クックックッ」
「はッはッはッ」
人を馬鹿にしたような高い笑声が、棺の外から響いて来た。八十助はハッと身を縮めたが、次の瞬間、ベットリと冷汗をかいた。どうやら棺の外からX光線をかけたものらしい。X光線をかけると、棺の中は見透しだった。彼が生きて藻掻いているところも、骸骨踊のように、棺外の連中の眼にうつったことであろう。それで可笑《おか》しそうに笑ったのに違いない。
「おうーい、甲野君。聞えるかネ」
と鼠谷のしゃ[#「しゃ」に傍点]枯れ声がした。
八十助は石亀のように黙っていた。しかし彼の伸縮している心臓だけは、どうも停めることが出来なかった。八十助は結局、嘲笑を甘んじて受けつづけねばならなかった。
「……むろん聞えているだろうネ。もう暫らくの辛抱だ。しっかりして居給え」
なにを云っているんだい――彼はムカムカとした。
(どうなと勝手にしろ!)
彼は一切の反抗と努力とを抛棄した。もうこうなっては、藻掻けば藻掻くほど損だと知った。そう諦めると、俄《にわか》に疲労が感じられた。ゴトゴトと棺桶はまた揺ぎ、そしてまた別な乗物にうつされた。こんどはブルブルブリブリと激しい音響をたてるものだった。彼はそれを子守唄の代りにして、グウグウ眠った。グーッと浮き上るかと思えば、ドーンと奈落《ならく》へ墜ちる。その激しい上下も、いまとなっては、彼を睡らせる揺籃《ようらん》として役立つばかりだった。
十時間――ではあるまい、恐らく数十時間後であろう。八十助の棺桶は、遂《つい》に搬ばれるところまで搬ばれたようである。俄に周囲が騒々しくなった。汽笛が鳴る。音楽が聞える。花火が上る。一体之は何ごとが始まったのであろうか。
嵐のような歓呼とでも云いたい喧騒の中をくぐりぬけて、最後に彼の棺桶は、たいへん静かな一室に入れられた。
そのとき、またボソボソ云う話声が、棺桶のそばに近づいた。
「じゃいよいよ出すかネ」
「うん、出し給え」
「では一宮先生、とりかかってよろしゅうございますか」
「うむ。始めイ……」
ゴソリゴソリと綱らしいものを解く音、それからカンカンと釘をぬくらしい音が続いて起った。いよいよ棺桶から出る時が来たのだ。さていかなる場所へ着いたのかしら。それにしても一宮先生とは、どこかで聞いた名前だと、八十助はしきりに棺の中で首を振った。
火葬国
八十助は、棺桶――果してそれは棺桶だった――の蓋を開かれたときの、あの奇妙なる気分と、そして驚愕とを一生涯忘れることはあるまいと思った。だが、それにも増して、奇怪を極めたのは、棺の外の風景だった。
そこには数人の男女が立っていた。その中で、顔の見知り越しな男が二人あった。一人は云わずと知れた鼠谷仙四郎だった。彼をここまで連れこんだ彼のカマキリのような怪人だった。そしてもう一人は?
(どこかで見た顔だ)
と八十助は咄嗟《とっさ》に考え出そうと努めたけれど、そこまで出ているのに思い出せない。それは非常に肥えたあから[#「あから」に傍点]顔の巨漢で、鼻の下には十センチもあろうという白い美髯《びぜん》をたくわえていた。
室内は、どういうものか、天井も壁紙も、それから室内の調度まで、鼠《ねずみ》がかったグリーン色に塗りつぶされてあった。そして一方の壁の真ン中には、大きな硝子《ガラス》窓が開いていた。その窓は大分高いところについているものらしく、そこに見える外の風景には、広々とした海原が見渡された。そして陸地は焦げた狐色をしていた。海に臨《のぞ》んでいるところは、断崖絶壁らしくストンと切り立っていた。その陸地の一部に大きな建物の一部が見えた。それがわれわれの普段見慣れたものと全く違い、直線で囲まれた真四角いものではなく、すべて曲線で囲まれていたのであった。又その形が何とも云えない奇妙なもので、一目見てゾッと寒気を催したほどだった。それに、建物の色が、やはり狐色で、塔のような形の先端は血のように紅く彩られていた。それがまた不思議な力で、八十助の心臓に怪しき鼓動を与えたものである。
(これア一体、どこへ来たのだろう?)
どうも日本とは思われない。と云って、そ
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