間から、言いたいと思っていたことを、この際言ってみようと決心した。
「博士」
「何じゃ」
「博士は、私が、博士のおためにならないようなことをする人間だと思っておられますか」
「さあ、どうかな」
「さあ、どうかな――とは、おなさけないお言葉です。博士、あなたは、私にとっては尊い師です。師のためにならないようなことを何でしましょうか」
「そうかね」
「……私は、博士の冷たいお心をなおして、今死の直前に立っている地球人類のために、大いに力を貸していただこうと毎日|力《つと》めているのです。しかし博士は、一向、そういう気になって下さらない。博士、私は、そんなに信用出来ない人間でしょうか」
「人間には、もうこりごりだよ」
と、蟻田博士はぶっきらぼうに言った。
新田先生は、これ以上博士を動かすことは出来ないと知って、涙が出た。
新田先生は、どうかして、蟻田博士の心を直し、地球人類のために博士のすぐれた智力を出してもらおうと、永らくつとめて来たのであるが、今度という今度は、先生も、さじをなげてしまった形であった。
(だめだ。蟻田博士こそ、人間の形はしているが、心は人間ではない。博士は、心を火星人などに売ってしまっているのであろう。すると、博士はまず鬼だと言ってよろしかろう。そういう博士の心を、自分の手で、何とかいい方へ直せると思っていたのは、たいへんばかだった!)
新田先生は、そう思って、顔をつたって落ちるくやし涙を、とどめることが出来なかった。
「博士、私はいよいよ博士にお別れして、ここを出ていきます」
先生は、ついにそう言った。もうこんな所にとどまることは出来ない。いくらここにいても、むだである。博士は、地球人類のために力を貸そうとはしないのである。
「今になって出ていくか。いよいよこの恩知らずめが!」
博士は、口ぎたなく先生をののしった。先生は、すっくと立上った。一分間でも、こんなところにいては、身のけがれだと思った。
ところが、その時、思いがけないことが起った。それは、何であったか?
博士が、いきなり新田先生の手を、ぐっと握ったのである。
「あっ!」
新田先生は、びっくりした。博士の心をはかりかねて……。
その時、博士の唇が、先生の耳もと近くにあった。
「新田、だまって、わしについて来い!」
博士は、聞取れないほどの小さい声で先生の耳にささやいた。
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