火星兵団
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)顎《あご》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)父親|千蔵《せんぞう》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)さつき[#「さつき」に傍点]という木
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   1 奇怪な噂


 もはや「火星兵団」の噂をお聞きになったであろうか!
 ふむ、けさ地下鉄電車の中で、乗客が話をしているのを、横からちょっと小耳にはさんだとおっしゃるのか。
 ――いや全く、こいつは冗談じゃないですぞ。これはなにも、わしたち科学者が、おもしろ半分におどかしたがって言うのではないのですわい。今われわれ地球人類は、本気になって、そうして大いそぎで戦闘準備をしなくちゃならんのだ。しかるに、わしのいうことを小ばかにして、だれも信じようとはしない。これでは、やがてたいへんなことになる。わしは今から予言をする! 地球人類は、一人残らず死んでしまうだろう。第一「火星兵団」という名前を考えても、その恐るべき相手が、どういうことをしでかすつもりだか、たいがい想像がつくはずじゃと思うが――。
 と、そういう話を、地下鉄電車の中で聞いたと、おっしゃるのか。
 ふむ、なるほど。
 そのことばづかいから察すると、そう言って自分一人で赤くなって興奮していた人というのは、からだの小柄の、頭の髪の毛も、顎《あご》のさきにのばした学者鬚も、みんな真白な老紳士だったであろう。
 それに、ちがいないと言われるか。
 ふむ、そうであろう。やっぱり、そうであった。その老紳士こそは有名な天文学者で、さきごろまで某大学の名誉教授だった蟻田《ありた》博士なんだ。
 さきごろまで名誉教授であったと言ったが、つまり蟻田老博士は、今では名誉教授ではないのだ。博士は、さきごろ名誉教授をやめたいと願い出て、ゆるされたのだ。
 そういうことにはなっているが、その実蟻田老博士は、奇怪にも大学当局から、辞表を出すように命令され、むりやりに名誉教授の肩書をうばわれてしまったのだ。そんなことになったわけは、ほら例の「火星兵団」にある!
 あのように「火星兵団」のことを、世間に言いふらさねば、大学当局は、なにもあの老齢の蟻田博士から、名誉教授の肩書をうばうようなことは、しなかったであろう。
 まあそれほど、大学当局では、老博士が言いふら
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