している「火星兵団」が、ありもしないでたらめであるとして、眉をひそめていたのである。
「火星兵団」に関する老博士の第一声は、今から一カ月ほど前、事もあろうに、放送局のマイクロホンから、日本全国に放送されたのであった。その夜の放送局内の騒ぎについては、すぐ記事さしとめの命令がその筋から発せられたので、世間には洩《も》れなかったが、実は局内ではたいへんな騒ぎで、局長以下、みんな真青になってしまい、その下にいる局員たちは、仕事もなにも、手につかなくなってしまったほどだった。
その夜の蟻田博士の講演放送というのは、なにも「火星兵団」のことが題目になっていたわけではない。そんなものとはまるで関係のない「わが少年時代の思出」という立志伝の放送だった。
ところが、その途中で、老博士は急に話をそらせ、講演の原稿にも書いてないところの「火星兵団」について、ぺらぺらしゃべりだしたのであった。
つまり、こんな風であった。
――ええー、ところでわしは、最近重大な発見をした。それはわれわれ地球人類にとって、実に由々しき問題なのである。事のおこりは一昨日の午前四時、わしはまだ明けやらぬ夜空に愛用の天体望遠鏡をむけ、きらきらときらめく星の光をあつめていたが、その時驚くべし、遂に「火星兵団」という意味の光をつかまえたのである。おお「火星兵団」! このことばは短いが、この短いことばの中には、いよいよわれわれ地球人類に対し、あの謎の火星の生物が、今夜のうちにも――。
その時放送は、とつぜん聞えなくなった。
「火星兵団」について、一生けんめいしゃべっていた蟻田博士の放送が、なぜその時、ぷつんと聞えなくなったのであろうか。
それは、放送局が停電したわけでもなく、また機械が故障になったわけでもない。放送の監督をしている逓信局《ていしんきょく》が、博士の放送がおだやかでないのに驚いて、がちゃんとスイッチを切ったのである。逓信局では、いつでもこうして、おだやかでない放送はすぐさま止める。
放送室の蟻田博士は、マイクのスイッチが切られたこととは知らない。だから、日本全国の人々が自分の話を聞いているものと思い、気の毒にも、額からはぽたぽた汗をたらして、一生けんめいに、その後をしゃべり続けたのであった。
博士が、その後、どんなことをしゃべったか、それは放送が止ってしまったのであるから、外に洩れなかった
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