火星人は、おこったような声を出した。
 それから十五、六歩も歩いたところに岩があった。その岩のかげに、人間のはいれるくらいの穴があった。
 火星人は、後から、ぐんぐん押した。その穴の中へ、押込むつもりらしい。その穴の中には、一体何があるのであろうか。
「ええい、どうなることか。行くところまで行ってやれ」
 先生は、もう度胸をさだめた。そうして、火星人の意にさからうことなく、穴をくぐった。穴の中から、例のいやなにおいが、ぷうんと鼻をうった。
 中はまっ暗であった。しかし、中はあんがい広くて、人間がはいっても、頭がつかえるようなことはなかった。
 先生は、くさいにおいには閉口しながらも、一生けんめいがまんしながら、穴の奥の方まで、連れて行かれた。
 目かくしは、いつのまにか、取れてしまったようである。
 穴の中の暗さにも、だんだんなれて来たものとみえ、あたりの様子がぼんやりわかって来た。
 その時、まず先生をおどろかしたのは、いつの間にか、自分の前を歩いている異様な火星人の姿であった。穴の中は暗いので、それで安心して、火星人は、先に立って歩いているらしかった。彼らのかっこうの悪い胴体が、歩く度に重そうにゆれた。
 すると、とつぜん先生は、明かるい光の中へ押出された。
「あっ!」
 先生の目は、くらくらとした。


   30[#「30」は縦中横] 妙な申出


 穴の中で、新田先生はとつぜんまぶしい光をあびせかけられ、はっとした。
 眼がくらくらとして、頭のしんが、つうんと痛くなった。そうして、ひょろひょろと、足元があやしくなって、踏みこたえるいとまもなく、その場にどすんと尻餅をついてしまった。
(どうにでもなれ!)
 先生はもう覚悟をきめた。
 耳元では、例の通り、ひゅうひゅうぷくぷくと、火星の生物が、奇声を出しながらしきりに騒いでいた。
 しばらくして新田先生は、とつぜん呼びかけられた。
「さあ、顔を上げなさい、新田先生」
 先生はびっくりした。いきなり人間の言葉で、呼ばれたのであった。しかも自分の姓まで、知っているのだ。
 一体自分を呼んだのは誰?
 新田先生は、光の中に顔を上げた。
 目の前に一人の男が立って、先生の方を見ていた。黒い長マントを着て、つばの広い帽子をかむった長身の男だった。眼には黒いふちの大きな眼鏡をかけているのだった。
「あっ、丸木?」

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