のうしろにいる相手は、何にも、返事をしなかった。何だか、へんなにおいが、ぷうんと先生の鼻をついた。奇妙なにおいであった。それは先生が、始めてかいだへんてこなにおいであった。
(ふうむ、こんなへんなにおいを出すからには、いよいよ火星人に違いない!)
 と、先生は心の中でうなずいた。
 新田先生は、あやしい者のために両腕をうしろからおさえられ、その上目かくしまでされて、無理やりに、前へ向かって歩かせられた。
 何とかして相手の顔を見たいものだと、先生は顔をくしゃくしゃにしながら、目かくしの間にすき間を作ろうとしたが、なかなかうまくいかない。そうした先生の心をなおさらいらいらさせるかのように、例の胸がむかむかするにおいが、うしろからにおって来る。
「けしからん。なぜ、私を、こんな目にあわすのか。そのわけを、話したまえ」
 先生は、体をふりながら、見えない相手にまた呼びかけた。今度は思いきって、せい一ぱいの大声でどなった。
 相手は、あいかわらず、返事をしなかった。だが、先生がたいへん大きな声を出したので、相手もよほどおどろいたものと見え、急にうしろで、何だかわけのわからない叫び声が聞えた。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
 彼らの叫び声はそんな風に聞えた。その叫び声のわけは、一向にわかりそうもないが、そのひゅうひゅう、ぷくぷくと言う声は、何か話をしているらしいことが、おぼろげながらわかった。これは、火星人の言葉なのであろう。
(この人間が、今大きな声を出したではないか。逃げるつもりではないか)
(逃げるかもしれない。もっときつく、おさえているんだ)
 と、言ったような言葉でもあろうかと、先生は思った。だがそれは先生の思い違いで、ほんとうは火星人はそんな、なまやさしい話をしていたのではなかった。それは、いずれだんだんとわかる。
 先生はその話声からして、自分のうしろにつきしたがっている火星人の人数が六、七人、あるいはもっと多人数であることを覚った。
 ひゅうひゅう、ぷくぷく。
 新田先生を、後からおさえつけた火星人たちは、一体何を言っているのであろう。
 しばらくすると、火星人の話は、まとまったものとみえ、新田先生は、また後からぐんぐん前に押された。
「どこまで、連れて行くつもりかなあ」
 新田先生は、少し不安になって来た。
 ひゅうひゅう、ぷくぷく
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