のですね。それはどこの者です。そうして、まだ山を下りて来ないのですか」
新田先生は、ふかい雪をふみ分けて、あの火のそばへ上って行った者があると聞いて、たいへん興味ぶかいことに思った。
「それは、東京の人だと言っていましたがね。名前は、わしが聞いても、いや、いいんだと言って、言わないでがすよ。もっともその人はこの雪をふみ分けて、あの山を越え、向こう側の垂木《たるき》村へ下りて行くのだと言っていたから、こっちへは下りて来ないことになっていたんでがすよ」
「ほう、この雪の中を、山越しに垂木村へ下りるというんですか。そいつは風がわりな人だなあ」
新田先生は、何だか、この人のことが気になって仕方がなかった。
山の上に、ちろちろと、見えかくれする怪しい火に、新田先生は、たいへん興味をおぼえたので、その翌朝、先生は、掛矢温泉の老主人がとめるのも聞かず、一人山をのぼって行った。たいへんな元気であった。
新田先生は、山のぼりについては、いささか経験があったから、ありあわせの綱を借りたり、杖をこしらえたり、また蝋燭などをもらい、一夜ぐらいはすごせるほどの食料品も用意して、出かけたのであった。
山道は、かなりけわしかった。
病後の新田先生には、なかなか骨の折れる山のぼりだった。だが、経験はえらいもので、しずかにのぼって行くうちに、おひるすぎには、もうその高い山のてっぺん近くまで、たどりついた。てっぺんに出れば、怪火の正体も、きっとわかるにちがいないのだった。
山は、まだ冬のままのすがただった。雑草は、のこりの雪の下から枯れたまま、黄いろいかおを出していた。それでも、春はもう近くまで来ているものと見え、枯草のあいだに、背のひくい青草がまじっていた。
けけけけっ。
とつぜん、羽ばたきをして、新田先生のあたまのうえに、飛びあがったものがあった。なんであろうと、新田先生が、上を見あげると、それは一羽の大きな鳥であった。きじのようでもあったが、なんという鳥か、はっきりしない。その鳥は、春めいて来たので、岩穴から外へ出て、餌をひろいもとめていたところを、先生が、おどろかしたものであろうとおもった。
その、名も知れぬ鳥は、空高く飛びあがると、あわてふためいて、峰つづきのとなりの山の方へ飛んで行ってしまった。
先生は、その鳥の行方を、じっと見送っていたが、そのうちに、
「おや」と叫
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