壜をうばってにげた。二度目には、警視庁から出て来た千二を、日比谷公園のそばに待受けていて、むりやりに自動車に乗せてしまった。そうして、交通掛の警官においかけられたが、ついに麻布の坂においつめられ、進退ここにきわまった。この時、「この先に崖がある。危険!」という注意の札が目に入ったが、もうどうすることも出来なくて、とうとう自動車を断崖へ走らせ、あの恐しい自動車事故をひき起したのであった。
 その時、丸木は、不思議なことをやった。
 それは一体どういうことであるかというと、千二の生命をすくったことである。――自動車が、断崖を通り過ぎるその直前、丸木は自動車の扉をひらいて、千二を外につき落したのであった。千二の体は、蟻田博士邸の生垣のしげみの中に、もんどりうってころげこみ、そうして一命は助ったのであった。そうして丸木は?
 丸木は、そのまま自動車と共に崖下に落ちた。そうして不思議なことに、今もなおちゃんと生きているのだった。不思議だ。


   26[#「26」は縦中横] 格闘《かくとう》


 首のない丸木が、生きているのだ。今も新田先生と千二少年の前に、その丸木がうそぶいて立っているのだ。
 いや、それどころではない。千二少年は今、丸木のために肩をつかまれて動けなくなっているのだ。
「こら、怪物。その少年をはなせ。何という、かわいそうなことをするのか」
 新田先生は、相手をどなりつけた。
 だが怪人丸木は、いっかなそれを聞こうとはしない。少年の肩をつかんで、ぐいぐいと手もとにひきつける。千二は顔を真赤にして丸木と争っているが、かよわい少年の力で、どうしてかなうものか。
 そうして、ついに千二少年は、丸木の長マントの中にかくされてしまった。怪人は、かちほこるように、気味の悪いうなりごえを上げる。
「け、けしからん。もう君をゆるしておけないぞ」
 新田先生は、相手が強敵であることは知っていたが、こうなってはもうやむを得ない。全身の力をこめて、怪人丸木の胸にぶつかった。
 丸木はよろよろと、二、三歩後に退いた。だが、彼はたおれはしなかった。
 やりそんじたかと、新田先生は、もう一度後に下った後、どうんと怪物の胸につきあたった。
 今度は、大分こたえたようであった。丸木はうなりながら、四歩五歩と、後によろめいて、ついに壁ぎわにどうんと背中をつけてしまった。
 それは相当ひどい
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