うかばせ、なるべく千二君に恐しさをあたえないようにつとめていた。
「さあ、千二君。そこにいては、あぶないかもしれない。君は入口の扉のところへいって、なるべく体を、ぴったりと扉につけておいで」
「先生は?」
「先生は、もう一度時計を鳴らして見る」
「また、時計を鳴らすのですか」
「そうだ。だまって、見ておいで。しかし、あるいは、千二君の思いがけないようなことが起るかもしれない。が、どんなことがあっても、おどろいてはいけないよ」
「先生、僕のことなら、大丈夫ですよ」
 千二は、そう答えて、先生から言われたとおり、入口の扉のそばへ、場所をうつした。

 その間に、もう先生は、柱時計のそばにかけた梯子《はしご》を上っていた。
 先生は、
(千二君、始めるが、覚悟はいいかね)
 といった風に、千二の方を、ふりかえったが、千二が、言いつけたとおり、ちゃんと扉のところで小さくなっているのを見ると、安心の色をうかべて、時計の方へ向きなおった。それから、新田先生は、右の柱時計の針を、指さきでまわして、また、ぼうん、ぼうんと鳴らしていった。一時、二時、三時!
「さあ、こっちの時計は、これでよし。今度は、もう一つの時計の方だ」
 先生は、右の時計を三時のところでとめると、今度は、左の柱時計の方へ手をのばして、ぼうん、ぼうんと鳴らしはじめた。
 一体、何事が起るのだろうか。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
 第二の柱時計は、あやしい音を立てて、五時をうった。
 その音を聞いていた千二は、何だか、背中がぞくぞくと寒くなるのを覚えた。
 新田先生の指が動くと、時計の針は、またぐるぐると廻って、やがてまた、ぼうん、ぼうんと、あやしい音を立てて鳴り出すのであった。
「ああ先生! 新田先生!」
 と、千二は、先生の後から、呼びかけてみたくなった。でも、どうしたわけか、のどから声が出なかった。
 第二の柱時計は、続いて、ぼうん、ぼうんと鳴りつづける。そうして、ついに八時をうってしまった。
 その時、何思ったか新田先生は、後を向いた。
「おお、千二君。よく注意しているかね。さあ、この次は、いよいよ問題の九時をうたせるから、君は、おへそに、うんと力を入れておいでよ、ね」
 千二は、返事をするかわりに、無言でうなずいた。
「さあ、いよいよ始るぞ。九時をうたせても、鼠一匹出て来なければ、ことごとく
前へ 次へ
全318ページ中99ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング