なったり、お月様の化け物のように感じたりして、どうもよくないんだ。もうすこしたてば、いよいよ火星は大きく広がって、飛行機に乗って空から地球を見下ろしたときと同じようなことになる。そうなれば、何でもなくなるのさ」
 河合は、うまい説明で山木を慰めた。だが河合も、決していい気持でこの凄絶な天空の光景を眺めているわけではなかった。彼もまたその異景に圧倒されまいと一生けんめいに自分の精神を鼓舞《こぶ》しているわけだった。
 午後八時、宇宙艇はついに問題の宇宙塵圏内にとびこんだ。
 操縦室には、艇長デニー老博士を始め数人の技術者たちがつめかけ、全身を神経にして、どんなことが起るかと待ちかまえていた。
 博士の前に、四角な枡型《ますがた》の写真が六個、縦に四個左右に一個|宛《ずつ》、花のようにならんでいた。よくみるとその写真には、火星の表面やきらきら輝く無数の星がうつっていた。また曲面を持った舷のようなものもうつっていたが、これは本艇の一部であると分った。この写真は美しい蛍光を放って、画面はむしろ明るかった。そしてこの写真はなおよく見ると、それが少しずつ動いているのが分る筈だ。これこそテレビジョンの映写幕である。本艇外の様子が、前後上下左右の六方面においてテレビジョン装置によって映写幕へうつしだされているわけだ。
 しかも映像は、肉眼で見るよりずっと明るく物の識別ができた。これはこのテレビジョン装置が、赤外線に対し非常に敏感にできるためである。つまり夜もよく見える猫の目のようなテレビジョン装置である。老博士は、絶えずこの六つの映写幕の上に深い注意を払っていた。
「博士、見えますか、宇宙塵は……」
 マートン青年が、博士へ声をかけた。この青年は今日は特別に舵輪を操っている。舵輪台は博士の後方の一段高いところにあり、鉄管で編んだ球の中に、彼と舵輪とが入っていて、さらにその鉄管球は二つの大きな鉄の輪で支えられている。これは艇がどんな方向に傾いても、操舵者と舵輪はじっと空中に停止していて、すこしの変位もしないようにこしらえてあるわけだ。
「うむ、宇宙塵の渦巻は黒い帯のように見えるが、個々の宇宙塵はまだうつっていないよ」
 博士は、そう応えて、さらに映写幕に顔を寄せた。
「まだ宇宙塵の入口だから、あまり衝突する塵塊《じんかい》もないのでしょうね」
「そうだろう、しばらくは、宇宙塵の流れに乗って、同じ速さで飛んでみよう。もし急いでこの宇宙塵の渦巻を突切ったりしようものなら、本艇はものすごい塵塊に衝突して、火の玉となって燃えだすであろう。しばらくは我慢する外《ほか》はない」
 博士は、忍耐の時間がきたことを、マートン技師に説明した。
 こうして二時間ばかりを、本艇は何事もなく至極《しごく》平穏《へいおん》に送ったのであった。その間に、火星の表面は、すこしばかり西へ位相を変えた。火星の極冠は、いつも眩《まぶ》しく、一つ目小僧の目のように輝いている。その他のところは、或いは白く、或いは黒く見えているが、黒いのは多分陸地で雪のないところにちがいない。そしてその陸地はいくつも点々として存在しそして蜘蛛《くも》の巣のように、直線的なものでつながれているように見える。火星の運河というのは、そのことであろうが、果して運河であるか、どうか、それはもっと先にならねば分らない。
「あっ、四象限《よんしょうげん》へ舵一杯!」
 突然、老博士が叫んだ。と同時に、操舵席のマートン技師の前に、赤い警告灯がつき、そしてその下を、電光ニュースのように数字の列が流れた。
「はいっ、四象限へ舵一杯」
 と、マートン技師は舵をうんと引き、それから、流れる数字に従って舵を合わせた。この数字は安全航跡を示すもので、例のテレビジョンが自動的に測ってしらせて寄越すものであった。
 それはよかったが、次の瞬間、艇ははげしく鳴り響き、そして震動した。
「落着いて、マートン。四象限へ舵一杯、もっと一杯」
「はい、もっと一杯、引いていますが、これで一杯です」
「あっ、危い!」
 どど……ん。怪音と共に艇はぐらっと傾いた。そして二三度宙に放りあげられた感じであった。と、停電した。室内は応急灯だけとなり、人々の不安にみちた横顔へ深い影を彫りつけた。河合少年も、その中の一人だった。一体どうしたのであろうか。


   遂に大混乱


 操縦室の一同が、不安の底に放り込まれたとき、天井の高声器から、ひどくあわてた声が響き渡った。
「艇長。ピットです。第三舵が飛ばされてしまいました。宇宙塵塊のでかいのが、あっという間にその舵をもぎとってしまったのです。総員で応急修理中ですが、当分第三舵はききませんよ」
「ああ、わかった。元気をだして、できるだけ早くやってみてくれ」
 第三舵の損傷が報告された。こうなると本艇の操縦は
前へ 次へ
全41ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング