火星探険
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)健《けん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)山木|健《けん》

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(例)[#ここから2字下げ]
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   すばらしい計画


 夏休みになる日を、指折りかぞえて待っている山木|健《けん》と河合二郎だった。
 夏休みが来ると二人はコロラド大|峡谷《きょうこく》一周の自動車旅行に出る計画だった。もちろん自動車は二人がかわるがわる運転するのだ。往復に五週間の日数があててあった。これだけ日数があれば、憧《あこが》れの大峡谷で十分にキャンプ生活が楽しめるはずだった。
 二人は、この大旅行に出ることが非常にうれしかったので、前々から近所の友だちにもふれまわっておいた。友だちはそれを聞いてうらやましがらない者はなかった。そしてぜひいっしょに連れて行ってくれと頼まれるのだった。しかし二人はそれを断りつづけた。というのは、二人が使うことになっている自動車にいささかわけがあったのである。何しろ二人とも親許《おやもと》をはなれている少年だったので、おこづかいは十分というわけには行かなかった。そこで学業のひまに新聞を売ったり薪《まき》を割ったりして働いて得た金を積立てて自動車を買うわけであるから、あまり立派なものは手に入らなかった。今二人が頼んであるのは、牧場《ぼくじょう》で不用になった牛乳配達車であり、しかもエンジンが動かなくなって一年も放りだしてあったというたいへんな代物《しろもの》で、二人にはキャンプ材料に食糧を積むのがせいいっぱいであると思われた。
 しかし友だちには、その大旅行の自動車がそんなひどい車である事を知らせず、非常に大きな車で、中で寝泊《ねとま》りから炊事《すいじ》から何から何まで出来るりっぱなものだと吹いておいたものだから、さてこそわれもわれもと、連れて行くことをねだられるのだった。
 そういう友だちの中で、とりわけ熱心にねだる者が二人あった。ひとりは中国人少年の張《チャン》であり、もう一人は黒人のネッドであった。山木も河合も、張とネッドなら連れていってやりたかったけれど、何をいうにも自動車のがたがたなことを考えると、やっぱり心を鬼にして断るしかなかった。それでも張とネッドはあきらめようとはせず、毎日のように校庭で山木と河合とにねだるのだった。
 或る日ネッドは、山木と河合とが修理のため牧場の自動車小屋へ行くと後からついて来て、ぜひ連れて行けとねだるのだった。二人はおんぼろ自動車を見られてはたいへんだと思い、道の途中でネッドをおいかえすのに骨を折らねばならなかった。
「山木に河合よ」
 ネッドはいつになくかたちを改めて二人を見つめた。
「なんだ、ネッド」
 二人は道のまん中に立ちふさがって、ネッドのかたい顔をにらみつけた。
「あのね、張がほんとうに心配していることがあるんだよ。二人が自動車旅行に出て行くと二日とたたないうちに、君たちはたいへんな苦労を背負《せお》いこむことになるんだってよ」
「へん、おどかすない」
「おどしじゃないよ。張がね、君たちの旅行の安全のために、ご先祖《せんぞ》さまから伝えられている水晶の珠《たま》を拝んで占ってみたんだとさ、すると今いったとおり、二日以内によくないことが起ると分ったんだ。そればかりではない。この旅行は先へ行くほどたいへんな苦労が重なって君たち二人はいつこの村へ帰れるか分らないといっているぜ」
 かねて、張が水晶の珠で占いをすることは山木も河合も知っていたので、そういわれると何だか前途が不安になって二人の顔色は曇った。それを見ていたネッドは、ここぞとばかりつっこんでいった。
「ねえ。いやな話だからさ、用心のために張と僕をいっしょに連れていけばいいだろう。そうすれば張は道々で水晶の珠で占いをして、この先にどんな危険があるかをいいあてるよ。それが分れば、難をのがれることができるじゃないか」
「だめだよ、そんなうまいこといったって……それに、第一その話は、張を連れて行くのはいいと分っても、君まで連れていかねばならないわけにはならんじゃないか」
「僕は絶対に入用だよ。だって張が占いをするときには、僕が手つだってやらないと、仏さまが彼にのりうつらないんだもの」
「だめ、だめ、何といってもどっちも連れて行きやしないよ、これからいうだけ損だよ」
「……」
「この次のときまで、待つんだね」
「どうしても今度はだめなんだね」
「そうさ。張にもよくいっておくんだよ」
「……じゃあ、もう頼まないや」
 ネッドは気の毒なほど悄気《しょげ》て、田舎道を村の方へ引きかえしていった。それを見送る山木と河合とは、あまりいい気持ではなかった。だがこれまで吹きまくった
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