手前、今更がたがたのおんぼろ自動車のことをぶちまけるわけにもいかなかった。
愉快なる出発式
はなばなしい自動車旅行の出発を明日にひかえて、山木と河合とは泣き出さんばかりの有様だった。それというのは、自動車の修理が一向にはかどらなかったからだ。いや、はかどらないどころか、修理の手をつければつけるほど、あっちもこっちも悪くなって、一個所を直すたびに、更に他の何個所かががたがたしてくるのであった。これでは自動車を直しているのか、壊しているのか分らなかった。
「困ったねえ。これじゃあ明日の出発に間にあいそうもないぜ」
山木はとうとう悲観して、スパナーを放りだした。
「でも、明日はどうしても出発しないと、日程がくるってしまうよ。それにあのとおり友だちも大さわぎしているんだから、僕たちの出発がおくれると、またひどい悪口をあびなければならないよ」
「それは分っているけれど、この有様じゃあねえ。こんな車を買わないで、もっといい車を見つけりゃよかった」
「仕方がないよ、さあ、元気を出して、どうしても修理をやっちまおう、今夜は徹夜でやらなくちゃね」
「うん」
河合にはげまされて、山木はふたたびスパナーを取上げた。
ほんとうに、その夜は修理にかかってしまった。二人は油だらけになって一睡もとらず暁を迎えた。しかしまだ修理はすんでいなかった。フェンダーを直し、イグナイターをやりかえねばならなかった。その上に車体をペンキで塗りかえる予定であった。二人は朝飯もたべずに工事を急いだ。
そういう二人の気持も知らずに、二人のうるさい友だち連中は、早朝から集まって来てこの大自動車旅行の出発を見ようというので大さわぎをしていた。
「この辻を通るという話だったが、まだ通らないじゃないか」
「まだ一時間と十九分あとのことだよ。出発はかっきり九時だからね」
「そんなに時間があるのなら、あいつらの家へ行った方が面白いじゃないか」
「うん、それがよかろう」
一同はうち揃って、ぞろぞろと山木と河合の住んでいる洗濯店《せんたくや》の裏手へ集ってきた。
だがそんなところに二人はいないことが分った。そして彼らは、牧場の壊れかかった小屋の方へ、わいわいいいながら流れていった。
面くらったのは山木と河合だった。小屋の扉をぴったりと中からおさえて、誰一人入らせまいとした。
「ちょっと見せろよ。折角こうして送りに来たのに……」
「いけない、いけない。出発の時刻が来たら堂々と扉をひらいて出ていって見せるから」
「ふうん、気をもたせるねえ。出発時刻は正確なんだろうね」
「ぜったいに、正確だ。九時|零《れい》分だ」
「よし皆。もうすこしだとよ、待っていよう」
中では二人のほっとした溜息《ためいき》がきこえた。その頃、ようやくフェンダーも直り、イグニションもどうやらきくようになった。あとは車体のぬりかえであった。
「おい、まだ残っていた。ヘッド・ライトがついていない」
「ああっ、そうか」
自動車がヘッド・ライトをつけていないとどうにも恰好《かっこう》にならない。車体のペンキ塗りは後まわしにして、二人はいやに重いヘッド・ライトの取付にかかった。
「おい。おい、もう時刻が来たぞ。扉をあけてもいいか」
「まだまだまだ、待て待て。もうすこし待って居れ」
「戴冠《たいかん》式の自動車でもこしらえているつもりなんだろう。あんまりすばらしい自動車を見せて、僕たちをうらやましがらせるなよ」
「わかっている、わかっている」
ヘッド・ライトが取付けられると、あとは出発の時間まで五分しか残っていなかった。
「ペンキぬりをする時間がありゃしないよ」
「困ったなあ、この恰好じゃ仕様がないよ。箱の横腹にいっぱい牛の絵がついているんだものねえ」
「でも、出発の時刻をくるわせることはできないよ。困ったねえ」
外からは小屋の扉をどんどん叩く。その音がだんだんはげしくなって、もうすぐ扉が壊れそうであった。
「仕方がない。これで行こうや」
「えっ、そうするか」
「こうなったら心臓だ、さあ、早く修理道具を集めて車にのっけてしまおう」
遂に待ちに待った小屋の扉が左右にひらかれた。前に集まっていた二十何人の友だちは一せいに歓声《かんせい》をあげた。自動車は小屋の中から、がたがたと音をさせて外に姿をあらわした。河合がハンドルを握り、その横の席で山木が一生けんめいに愛嬌《あいきょう》をふりまき、皆にあいさつのため帽子をふった。
「なあんだ、この間まで道傍にえんこしていた牛乳配達車じゃないか」
「あっ、すげえや。こんな大きな牛の絵をつけて、グランド・カニヨンまで行くのかね。あっちの犬に吠えられてしまうぜ」
「とんでもない戴冠式のお召し車だ」
山木も河合も、弁慶蟹《べんけいがに》のように顔を真赤にして、はずか
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