しさにやっとたえていた。穴があれば入りたいとは、このことだ。
 見送りの善童悪童たちは、ひとしきり赤い声やら黄いろい声をあげ終ると、こんどは車のまわりに集ってきて、手に手に餞別《せんべつ》の品物をさしあげ、山木と河合に贈るのだった。
 二人は感激の涙に頬をぬらし放しで、かかえ切れないほどの贈物をうけとった。
「おい時刻が来たぞ、きあ出発だ」
 見送人の方から注意されて、自動車はいよいよ出発の途についた。道がでこぼこしていて、そこに車が入ると、自動車は異様な悲鳴をあげた。そして車体を前後左右にゆすぶるものだから、例の乳をしぼられながら大きな目をむき長い舌を出している赤斑《まだら》の牛が、今にも絵の中からとび出して来そうであった。
 見送人たちが、自動車の後押をしばらくやってやらなければ、この自動車は果してすらすらと出発式をすませることができたかどうか分らない。
 とにかく自動車は無事街道にわだちを乗入れ、上に背負った大きな箱をゆらゆらゆすぶりながら、アリゾナの方を指して進み始めたのである。そのうしろから、仲間の大歓声がいつまでも続いていて、附近を通りかかった人々を驚かせた。


   災難きたる


 もう村も見えなくなり、教会の尖塔《せんとう》も山のかげにかくれてしまった。そして山木と河合の乗っている奇妙な自動車は、黄い[#「黄い」はママ]路面を北へ北へととって、順調に走っているのだった。
 二人の気持も、ようやく落着いてきた。
「ねえ、山木」と、ハンドルを握っている河合がいった。
「なんだ河合」
「さっき仲間がみんな送ってくれたけれど、あの中に張《チャン》とネッドの姿が見えなかったように思うんだ、そうじゃなかったかい」
「張とネッド、そういえば見かけなかったようだね」
「おかしいじゃないか、あんなに仲よしの張もネッドも送って来ないなんて」
「うん、きっと二人とも怒ってしまったんだよ、僕たちはあんなにきついことをいって、二人のいうことをきいてやらなかったからねえ」
「そうかなあ、怒ったんだろうかねえ」
 河合は首をひねった。
 二人はしばらく沈黙していたが、そのうち今度は山木が河合を呼んだ。
「ねえ河合、張の占いはほんとうにあたるんだろうか」
「さあ、それはどうかなあ。あたったりあたらなかったりさ」
「君はおぼえているだろう、ネッドがいっていたね。張の水晶の珠を拝《おが》んで占ったら、出発してから二日以内に災難にぶつかるだろうといったじゃないか」
「そういったが、あんなことはあたりやしないよ。二日以内になんて、そんなにはっきりした予言なんかできるものかい」
 河合は、張の占いをこきおろした。
「それからもう一つ、いやなことをいったじゃないか。なんといったっけなあ“今度の旅行は先へ行くほど苦労が加わり、村へ帰れるのは何日のことになるか分らない”そういったじゃないか」
「うん、そういって僕たちを不安にさせるつもりだったんだ。不安になれば、張とネッドを連れていくだろうと思ったんだよ。とにかく僕は、占いなんてものを信じないよ。ばかばかしい話だ」
 山木はそれほどでもないらしいが、河合は張の占いをてんで信用しなかった。銀貨を上へなげて、落ちてきたところで表が出るか、それとも裏が出るか、場合は二つだ。だからどっちかだと予言すれば、半分はあたるはずである。占いなんてそんなものだと河合は軽蔑《けいべつ》していた。
 二人はその夜始めて道傍の林の中にキャンプを張って夢を結ぶことになった。それは非常にうれしいことだったので、食事がすみ、寝床ができても、二人はなかなか睡れなかった。そこで焚火《たきび》をして玉蜀黍《とうもろこし》を焼いてたべたり、仲間から貰ったたくさんの餞別品をとりだして喜んだり笑ったりした。
 その餞別品の中から二つ三つ奇抜なものを紹介すると、トミーという少年は、おじいさんの老眼鏡のレンズを利用して手製した不恰好なカメラを贈ってくれた。そしてもしアリゾナに、鳥の羽根を頭にさしたインディアンがいたら、ぜひ一枚その写真を撮ってきてくれと注文してあった。皆注文がつけてあるのが多く、サリーは縫針《ぬいばり》を十本ほど呉《く》れて、もしこの縫針が余ったら、標本になる珍らしい蝶々をとってこれで背中をさしとおして持って帰ってちょうだいなと注文がしてあり、またジョン公は、扉のハンドルを呉れて、もし途中でギャングが出たら、これを背中に押しつけて「手をあげろ」といえば相手は降参するよ、そして降参したら、そのギャングの持っているピストルを貰ってきてくれと、ずいぶん勝手な注文が書いてあった。
 さてその翌日となり、二人はたのしい自動車旅行の第二日目を迎えた。天気はあいかわらず晴れ渡り、朝から暑かった。車に乗って走っていなかったら、風もなくてやりきれないこ
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