むずかしくなる。が、今の気味のわるい震動が第三舵の損傷だけで終ったのだろうか。それならばまだ運の強い方だ。
「艇長。地階八階に大きな穴があきました。二十トンもある塵塊がとびこんできたのです。幸いに乗組員には異状はありませんが、燃料をかなりたくさん持っていかれました」
 深刻な報告が、高声器からとびだした。燃料を持って行かれたという。地階八階に大穴があいたともいう。これはどっちも本艇の安危に直接の関係がある。
「おい、グリーンだな」と老博士はマイクへ叫んだ。
「で、本艇は空中分解の危険があるだろうか」
「今のところ大丈夫でしょう。その二十トンの塵塊は反対の艇壁をつきやぶって外へとびだしてしまいましたから、まあよかったです」
「燃料の方は、どうか。本艇の航続力はどの程度に減ったか。このまま火星へ飛べるだろうか」
 老博士は心配をかくしもせず叫んだ。
「火星までは大丈夫行けましょう。しかし……」
 そこでグリーンの声が切れる。
「しかし……どうしたんだ、グリーン。はっきりいえ」
「はい」グリーンは絞めつけられるような声をふりあげ、
「しかしもはや地球へ戻るだけの燃料はなくなりました。まことに遺憾です」
 と、悲しむべきしらせをよこした。
「なに、もう地球へは戻ることはできないのか」
 さすがのデニー老博士も愕然《がくぜん》とした。
 これを聞いたとき操縦室の一同は誰も皆、目がくらくらとした。遂に最悪の事態となったのだ。地球へ戻れないとは、ああ何という情けないことだ。
 だが、一同はこの悲しむべきでき事のため、さらに悲しんで涙にむせんでいる暇はなかったのである。そのわけは、冷酷なる宇宙塵の数群が、すぐそのあとに引続いて本艇を強襲したからであった。
 艇内は混乱の極に達した。はげしい震動が相ついで起った。艇はいまにもばらばらに分解して四散しそうであった。艇内を、ひゅうんと呻《うな》ってすごい速力で飛び交う塵塊があった。それは艇内の大切なる器物を片端からうちこわしていった。
 乗組員たちは唯も[#「唯も」はママ]自分の仕事の場所を守ることができなかった。マートン技師でさえ、もう何をすることもできない。応急灯は消えそのうちに彼を護っていてくれた鉄管の籠が塵塊のためひん曲げられ、もはやその能力を発揮することができなくなった。そのために彼は、他の乗組員と同じように乱舞する宇宙艇といっしょに振り廻されていた。
 河合少年は、部屋の隅へはねとばされ、器械の枠《わく》の間に狭まれてしまった。そのうちに頭が下になり、足が上になったので、その枠から外《はず》れそうになった。彼はおどろいて枠にすがりついた。それから智恵をしぼって、手に挾まったロープで自分の身体を枠にしばりつけた。
 ほっと一息ついて、皆の様子をうかがうと、あっちでもこっちでもものすごい怒号《どごう》と叫喚《きょうかん》ばかり。それでいて人影は一向はっきりせず、その代りに、しゅっと青い火花が閃《ひらめ》いたり、塵塊らしいものが真赤になって室内を南京花火のように走り廻ったりするのが見え、彼の胆《きも》をそのたびに奪った。
 彼は、仲間の三少年がどうしているだろうかと心配した。誰も声をかけて彼を尋ねてきてくれないところを見ると、皆死んでしまったのではなかろうか。いや、彼さえこの器械の枠の間から動くことができないんだから、彼の友だちもそれぞれどこかへつかまって、ふるえているのではなかろうか。とにかく何とかしてデニー博士以下われらの生命を助けたまえと、ふだんは我慢づよい河合も遂《つい》に神の御名《みな》を唱《とな》えたのだった。
 河合少年の祈りが神様のお耳に届いたせいでもあったろうか、さしもの大椿事《だいちんじ》も、ようやくにおさまった。あの耳をうつ震動音の響もいまはどこへやら。また怪物のようにひゅうひゅう飛びまわった火の玉の塵塊も、今は姿を見せなくなった。そして艇は、以前のように安全状態に戻ったのであった。
「おーい。生きている者は、こっちへ集ってこい」
「おう、今行くぞ」
 乗組員の呼び声が、ぼつぼつ聞え始めた。それはたいへんお互いを元気づけた。
 河合少年は、もう大丈夫だと思ったので、自分の身体を巻いていたロープを解き、自由になった。久し振りに床を踏んだが、足はふらふらで、その場に尻餅をついてしまった。
「おうい、河合少年、しっかりしろ」
 誰かが彼に呼びかけた。
 誰だろうと、声のする方を見上げると、それはマートン技師だった。彼は横に傾いたまま、舵輪を握って、艇の針路を定めていた。
「ああ、マートンさん。怪我はなかったんですかねえ」
「ああ、何ともないよ。どうだ恐ろしかったか」
「ええ、びっくりしましたよ。で、本艇はだいぶやられたようですか、無事に飛んでいるのですか」
「さあ何といっていい
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