って、手帖に何かしきりに書きこんでいる。
「やっ、星が見えるぞ、あそこに……昼間だっていうのに星が見えらあ」
 山木がおどろいて、指を高く上に伸ばした。すると今まで黙っていた河合が、手帖から目をはなして、「そうだとも。このあたりは成層圏《せいそうけん》だからねえ。僕の計算によると、もう高度は十五キロぐらいになっているはずだ」
「成層圏! いつの間に成層圏へはいったんだか、気がつかなかったよ」
「これからますます空は暗くなるから星が見える。だんだん星の数がふえる」
「ほう、神秘な国」
 張が感嘆の声を放った。
「ああ下界があんなにぼんやり霞んで来ちゃったよ。ああ、地球が消えて行く」
 ネッドが、泣き声になった。
 しかし地球は消えはしなかった。ただ地球の陸や河や海の境界がだんだんぼんやりしてきて、地形が分らなくなった。そのかわり全体がぎらぎらと眩《まぶ》しく銀色に光を増した。今や自分たちが大宇宙の真只中に在ることが、誰にもはっきり感ぜられた。


   エンジンなおらず


 そのとき四少年の大好きな青年技師ビル・マートンが廊下をこっちへ急ぎ足で来るのを河合が見つけた。
「マートンさん、エンジンはうまくなおりましたか」
「だめなんだ、河合君」マートンは肩をすくめて見せた。
「エンジンは、まるで馬のようにスピード・アップしている。この調子でゆけば、第一倉庫にある原料が全部使いつくされるまで、エンジンを停めることはむずかしかろうね」
 ひどいことだ。どこまでも飛びつづけるしかないのだ。しかも舵がきかなくて、思う方向へも向けられない。つっ走るとはこのことだ。
「すると、今われわれの宇宙艇は、どの方向へ飛んでいるんですか」と河合が尋ねた。
「真東へ飛んでいる。黄道の面と大体一致しているよ。かねてわれわれが計画しておいた方向へは走っているんだがね」
「われわれが準備しておいた方向というと」
「火星に会える方向のことさ。でも三週間ばかり早すぎたよ」と、マートン技師は事もなげにいった。
「ほう、そうですか。この宇宙艇はやっぱり、火星へ行くように準備してあったんですか」
 山木も、いまさらながらおどろいた。
「そうだとも、デニー先生は、今年こそそれを決行する考えでおられた。もちろんこれは反対者も多かったがね。とにかく先生はお気の毒な方だ」
 と、マートン技師は、しんみりとした調子でそういった。この言葉から思うと、マートンはデニー博士の同情者であるらしい。
「デニー博士は、この宇宙艇に乗っているんですね」
「そうだ。さっき椿事《ちんじ》を起こしたとき、先生のところへ行って、危険が迫っていますから早く外へ出て下さいとすすめたが、先生は“お前たちこそ逃げろ。わしはどうあっても艇からはなれない”といって、避難することを承知せられなかった」
「するとデニー博士は、この艇と運命を共にせられる決心なんですね」
「先生は、何十年の苦労を積んだあげく、この艇をつくられたんだ。だからこの艇は自分の子供のように可愛いいのだ。そればかりではない。この艇のことについては自分が一番よく知っている。だから椿事が起れば、その際最もいい処置をなし得る者は自分であるという信念をもっていられる。だから、先生はこの艇に残っておられるのだ」
 デニー博士は、もう老いぼれた学者で、もっと悪いことに、気もへんであるし、出来もしない火星探険をするといっている山師の一人だという評判であったが、このマートン技師の話によると、それはまちがいのようである。
「じゃあ、このまま飛んで火星まで行ってくればいいですね」山木が、そういった。
「そう簡単にはいかないよ。出発も三週間早かったし、方向も大体あっているとはいえ少しはずれているし、それからエンジンを制御すること、食糧問題のこと、そういうものがすべて満足にいかないと、火星に出会うところまでいかない。僕たちは今一所けんめいにそのような方向へ持っていこうと努力しているんだよ」
 マートン技師の顔にははっきりと苦悩の色が出ていた。
「食糧も少いのですか」
 ネッドが心配そうにたずねた。彼は誰よりもおなかのすく性質だったから。
「ああ、不足だね。さっき報告があったところでは、三ヶ月分があるかどうか、すこし心配だそうだ」
「たった三ヶ月分ですか」
「マートンさん。火星までは日数にしてどれだけかかるのですか」
「始めの計画では、最もいいときに出発すると約三十日後には火星に達する予定だった。それには時速十万キロを出し、火星までの直線距離を五千五百万キロとして航路の方はこれより曲って行くから結局三十日ぐらいかかることになっていたんだ」
「僕たちもぼんやりしないで、大人の人々といっしょに働こうじゃないか」
 河合がいった。
「そうだ。そうだ。それはいいことだ」
「何でも
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