ロケットだそうである。
しかもその塔は、ロケット塔であって、現に今こうして天空を飛びつつある。たいへんな場所へもぐりこんだものだ。これから僕たちはどうなるのかと、四少年の胸の中に不安な塊が出来る。
「君たちはずっと前から僕たちが火星探険協会の者だと感づいていたんだろう」
「いいえ。そんなことないです」
「そうかね。それにしては、皆なかなか落着いているじゃないか」とマートン技師は四人の少年の顔を見わたし「ほらこの前君たちがR瓦斯を吸って人事不省になったね。あの出来事によって、君たちは感づいたろうと思ったがね」
「ああ、R瓦斯。あの実験は、やっぱり火星探険に関係があるのですか」
「そうとも、大いに関係があるんだ。あのときいろいろな動物を、原っぱにつくった檻の中に収容しておいて、R瓦斯にさらしたのだ。その結果、ほとんどすべての動物が、あの瓦斯を吸って死んでしまったよ」
「僕たち人間でも昏倒《こんとう》するぐらいですものねえ」
「そうだ。しかしその中で、割合平気でいたものがある。それは鰐《わに》と蜥蜴《とかげ》と蛙《かえる》だ」
「爬蟲《はちゅう》類と両棲《りょうせい》類ですね」
「うん、もう一つ、牛が割合に耐えたよ。その次の実験には、マスクを牛に被せた。すると更によく耐えることが分った」
「R瓦斯というのは、どんな瓦斯ですか」
「R瓦斯は、火星の表面に澱《よど》んでいる瓦斯の一つで、これまで地球では知られなかった瓦斯だ」
「毒瓦斯なんですね」
「地球の生物にとってはかなり有毒だ。しかし火星の生物にとっては、R瓦斯は無害なんだ。いや彼等にとっては棲息するために必要な瓦斯なんだ、ちょうどわれわれが酸素を必要とするように……」
マートン技師が、そういって話をしているとき、別の部屋の扉が開いて、別の青年がとび出して来た。そしてマートンを見るなり、絶望的な声を出して叫んだ。
「遂に失敗だ。この宇宙艇は地球へ引返すことを断念しなければならなくなった」
地球へ引返すことを断念しなければならない! すると、これから一同はどうなるのか。天空を、あてもなく彷徨《さまよ》うのか、それとも火星か月世界かへ突進むことになるのか。それにしても宇宙旅行は、たいへんな年月を要する。乗組員の生命は、それを完成するまでもつであろうか。食糧は、燃料は?
さらば地球よ
「たいへんだ。もう地上へ引返せないんだとさ」
「困ったな。一体われわれはこの先どうなるんだ」
「どうなるって……さあ、どうなるかなあ」
天空飛ぶ巨塔にとりのこされた人たちは、窓から下界を見おろして、すっかり青くなっている。そういっているうちにも、家も森も川も、どんどん小さくなっていく。天空飛ぶ巨塔――いや巨大なる宇宙艇は、今やぐんぐん飛行速度をはやめて高度をあげつつある。
「いや、とにかく、このまんまじゃ、どんどん地球から遠去かっていくわけだから、やがてわれわれは宇宙の迷子《まいご》になってしまうだろうね」
「なに、宇宙の迷子? いやだねえ、それは宇宙にもおまわりさんがいて、迷子になりましたから道を教えて下さい、うちへ送って下さいといって頼めるならいいんだけれど……」
「そうはいかないよ。宇宙の迷子になって、そのはては食糧がなくなって餓死だよ」
「餓死? いやだねえ、いよいよいやだねえ。僕は日頃からくいしん坊だから、餓死となれば第一番に死んじまうよ。何とかならないものかなあ」
「なにしろエンジンが真赤になってひとりで働いていてねえ、どうにも手がつけられないんだそうだ」
「方向舵ぐらい曲げられるだろうが」
「いや、それもだめだ。舵を曲げようとしても、さっぱりいうことをきかないそうだ」
「うわあ、それじゃ絶望じゃないか」
いくらさわいでみても、宇宙艇が地上へ引返す様子はなかった。そればかりか、原子エンジンは、ますます調子づいて、艇の尾部からものすごいいきおいで瓦斯を噴射するので宇宙艇の速度はだんだんあがって行く。時速二千キロが、三千キロになり、四千キロになり、今や時速四千五百キロの目盛を越えようとしている。
地球へ帰りたい一心で、危険とは知りつつ落下傘で艇外へ脱出した者も三人あった。四人の少年は、大人ほど取乱してはいなかった。はじめはちょっとおどろいたが、まもなく少年たちは窓の外に見られるめずらしい下界の風景にうち興じて、恐さも不安も知らないように見えた。
「愉快だね。え、あの青いのは太平洋だね。カリフォルニアの海岸線が、あんなにうつくしく見えている」
山木は、誰よりも一番元気がいい。
「僕は、一度飛行機に乗ってみたいと思っていたが、空を飛ぶっていいもんだねえ」
ネッドは、窓枠に頬杖をついて、緑色がかった絨毯《じゅうたん》のような下界を飽かず眺めている。
張は無言。河合は鉛筆を握
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