します。お料理なら自信があります」
 と、張が前へのりだした。
「僕は何をしようかなあ。ボーイさんの代りをやりましょう」
 これを聞いてマートン技師はたいへんよろこんだ。全く、本艇は十数名しか乗組んでいないので、手不足で困っているのだった。
 マートン技師は早速このことを艇長デニー先生のところへ持っていった。先生は、お前に委《まか》せるといわれた。そこでマートンはいろいろの人にたずねてみた結果、張は料理人に、ネッドはボーイに、それから河合はマートンといっしょにエンジンの方を手伝い、山木は隊長デニー博士のところで雑用をすることに決った。そこで四少年は、
「それじゃ、めいめいの持場で、しっかり役に立とうね。しっけい」
 と挨拶して、たがいに一時別れたのであった。
 さて、そういう間も、一番たいへんなのは機関室であった。マートン技師のあとについてその室へとびこんだ河合少年は、そのとたんに心臓が停まる程のおどろきにぶつかった。機関室は二階から地下十階までの十二階をぶっ通した煙突《えんとつ》のような部屋だった。その艇長の部屋に、複雑な機械が幾重にも重なりあい、大小さまざまのパイプは魚の腸《はらわた》の如くに見え、紫色に光る放電管、白熱する水銀灯、呻《うな》る変圧器などが目をうばい耳をそばだてさせる。七八人の人々が配電盤の前に集って計器の面を見入っている。抵抗のハンドルをぎりぎりと廻す。ぽっ! 配電盤のうしろから青い火が出る。配電盤の前に居た人々はあっといって後へとびのく。と、火が消える。すると人々は、またもや配電盤の方へ寄ってくる。変になったエンジンはまだ直らない。
 人々の中に、一段と背の高い老人が交っていた。それこそ河合少年の見覚えのある火星探険協会長のデニー博士であった。
 博士は、この前エリス町に姿をあらわしたときとは違い、目は鋭い光を持ち、頬は赤く輝き、たいへん逞《たくま》しく見えた。彼は宇宙艇が地上を放れて以来すこしもこの室から去らず、エンジンの調子を直そうとして一生けんめいにやっているのだった。
 このようなデニー博士の大奮闘にもかかわらず、エンジンは一向いい調子にもどらないのであった。
「ねえ河合君」とマートン技師が河合少年の肩へ手をかけていった。
「これだけの大きなエンジンを扱うのに、たった八人の技術者しかいないんだぜ。君が働いてくれるなら、どんなに助かるかしれない」
「ええ、働きますとも。しかし僕は何をすればいいのでしょう」
「それはデニー先生が命令される。さあ、いっしょに配電盤の前へ行こう」
 マートン技師に連れられて、河合少年は配電盤の前に集まる技術者の一団に加わった。機械の好きな河合少年は、心臓をどきどきさせて、デニー博士の命令を待った。


   重力は減る


 変になったエンジンの調子を正常にとりもどすことは、絶望かとも思われた。すでに地上から飛びだしてから十四時間を経過したが、あいかわらずエンジンは勝手に働き続けている。
 それでもデニー博士は、次々にエンジンに手を加えている。機械の間から青い火花が散ったり、絶縁物がぼうぼうと燃えだしたり、とうぜん[#「とうぜん」はママ]油がふきだしたり、にぎやかなことであった。河合少年はマートン技師と組んでそういうときに勇敢に機械の中にとびこみ、応急処置を行った。
 誰も余計な口をきく者はいなかった。十四時間ぶっ通しに、すこしの乱れもなくエンジンと闘っている技術者だった。
 このときデニー博士が、くるっと背中を廻して、一同の方へ向いた。何か新しくいうことがあるらしい。
「諸君。これから後は、二交代制にする。というのは、エンジンは変になっているけれど、これ以上悪化することはないと思われる。だから当分、変になったエンジンの番をしていればいいのだと思う。どうせ第一倉庫の原料を使いつくせば、エンジンは自然に停止するに決まっているんだ。そうなるのは今から約四日後のことだ。そうと分れば全員で張番をしているにもあたらない。A組とB組と二つこしらえて交代制でやろう」
 河合少年はマートン技師と共にB組に入った。デニー博士もB組だった。B組は今から三時間休養をとることになり、A組の方はエンジンに対し厳重な張番と応急処置を続けることになった。
「河合君。くたびれたろう。おなかもすいたろう。さあ食堂へ行って、うんと食べてきたまえ」
 と、マートン技師は河合少年に、食堂へ行くことをすすめた。
「はい、ありがとう。マートンさんは食堂へ行かないのですか」
「後から僕も行くよ。その前にデニー博士とすこし相談しておくことがあるのでね、君は遠慮せずに先へ行ってきたまえ」
 そういわれたので河合少年は、一足先へ食堂へ行った。
「お、河合君。その姿は、どうしたんだ」
 ネッドが河合をいち早く見つけて、そば
前へ 次へ
全41ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング