って、早くも五分後には大体終了した。
「全員、上陸用空気服を点検!」
第二の命令が、デニー博士の口をついて出た。こんどは、各自の上陸用空気服の点検であった。上陸用というのは、火星へ上陸することを意味しているのであって、この艇内から出るには普通のままの服装では出られない。まず酸素不足などを補うために、特別製の圧搾《あっさく》空気をつめた槽《そう》から空気を送って呼吸しなければならぬ。それがためには、潜水服に似たものを着、そして潜水|兜《かぶと》に似たものを頭に被り、空気|槽《そう》を背負わなければならなかった。それだけではない。火星の上には、温度の激変が起ると思われているので、それにはこの空気服がスイッチ一つで温められるようになっていなければならない。いわゆる電熱服である。
普通の電熱服は服についている紐線の端のプラグを、艇内の配電線のコンセントへさしこめば、それで電流が通って服が暖くなるわけであったが、上陸用空気服では、そうはいかない。艇から長い紐線を引張って歩くわけにはいかないからだ。そこで特別の電熱が用意されてあった。それは極く小さな原子力エンジンに直結された発電装置であった。この原子力発電機は、その他いろいろな仕事をも、つとめる源であった。
上陸用空気服の点検は終った。各自はいつでもこれを着用できる準備をととのえた。
デニー博士は、第三の命令を発した。それは各自が、それぞれの新部署につくことであった。新部署というのは、火星の上で生活をするための仕事の分担だった。
河合は、マートン技師の下でエンジン係をやることになったし、ネッドは食堂の給仕係を、張は料理人を勤めることになり、前と同じ役目に戻ったわけだ。山木は見張員として活躍することとなり、正式に六方向テレビジョン――通称テレビ見張器の前に席が出来た。山木はよく気がつき、むしろ過敏すぎる神経の持主だから、この役はうってつけだ。
その山木は、博士の第三命令の直後、テレビ見張器の映写幕に向い、全神経を目に集めて、四方を見張っていたが、その彼は何を見つけたか、突然、
「おやッ」
と呻《うめ》いて、テレビ見張器の拡大ハンドルを掴むと、それを急いで廻しはじめた。
異形の生物
テレビ映写幕には広々とした沙漠と、その向うにある密林とがうつっていた。
山木が拡大ハンドルを廻すと、その密林は幕面の上を急速にこちらへ近づき、映像は大きくなって来た。
密林を作っている木は、どこか松に似た逞しい灌木《かんぼく》であった。それが密生しているのだった。木の高さは十メートルぐらいはあるように思われた。かなり背の高い木であった。
山木のおどろいたのは、その木の背の高いことでもなく、また密林の壮観でもなかった。その密林の或る箇所において、何か動いているもののあるのを見つけたからだ。それは密林の木間に見えたり隠れたりしている。
(火星の動物らしい)
山木は、その姿をもっとはっきり見定めようとして、テレビ見張器の拡大をあげていったわけだが、その木の間にうごめくものはだんだん大きくはっきりと映写幕にうかびあがってきた。
果して、それは動物だった。
だが何という妙な形をもった動物であろうか。早くいえば、それは蛸《たこ》と昆蟲の中間の様なものであった。すなわち大きな頭部を持ち、それを細い体が重そうに持ちあげているのだ。頭部には、大きな目が二つついていた。鼻は見あたらず、その代りに絵にかいてある蛸の口吻《こうふん》そっくりの尖ったものが顎《あご》の上につき出ているのだった。その上に顔の両側に驢馬《ろば》の耳によく似た耳がついていた。それからたいへん奇妙なことに、頭のてっぺんに根きり蟲が持っているような長い触角らしいものが二本だか三本だか生えていて、それは非常に柔軟に見え、そしてさかんに頭の上で活動して居り、まるで触角で踊っているようにも見えた。
その動物の首から下を見ると気の毒なくらい痩《や》せていた。小さな瘤《こぶ》のような胴中、それから三本のぐにゃぐにゃした腕、それから三本の同じような脚――この脚は、たしかに蛸の足を思わせるものであった。
一体何だろうか、このえたい[#「えたい」に傍点]のしれない動物は……。山木はその動物のあたりに[#「あたりに」はママ]奇妙な姿にかぎりない興味をおぼえ、それを発見したことを報告するのを忘れていたくらいだった。
その奇妙な動物は、木の間を縫って、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、忙がしそうにしていた。そして彼らの或るものは、幹にぴたりと寄り添って、大きな目をぐるぐる廻し、触角を盛んにふり立てて、宇宙艇の方を注視している様子であった。
「……へ、へんな動物が見えます。沙漠の向うの、正面の密林の中です」
山木はこのとき漸《ようや》く吾《
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