んきゅうくつなねかたをしなければならなかった。一坪館だから、たてもよこも六尺はあったが、それは家の外側の寸法だ。あつい壁があるから、中へはいると寸法がちぢまっているのだ。
でも少佐は不平もいわず、ゆかいな歌を口笛でふきながら、三階でやすんだ。
建築競争
「一坪館だって三階建で地下室もあるんだ。こちとらも、ぼんやりしていられないぜ」
一坪館の建設にあおられて、銀座かいわいの商人たちも、これまでの平家建や二階建では、気がひけるというので、今までの店をばらばらにこわして、また新しく建設をはじめた。そしてこんどはだんぜん三階建が多くなった。
もちろん、銀座をあるく人のみなりも、ずっとよくなってきた。むかしのようなゲートルに戦闘帽《せんとうぼう》の人なんか、どこにもみられなくなった。モンペもすがたをけした。女はスカートのついた服をきてあるいた。男たちのズボンのおり目はきちんとついていたし、靴はぴかぴかにみがかれていた。それはぼろ靴でほうぼうが修理してあったが……。
時代は、すばやくうつっていくのだ。平和が来て、ひとびとは安心して文化のみちをふんですすむのだ。そして銀座かいわいは、どこよりもまっ先にきれいになり、りっぱになり、そしてあっと目をうばうようなものがあらわれるのだった。
銀座をあるいていても、もう靴にほこりがつかなくなった。一丁目で靴をみがいて、銀座八丁をぐるぐると二回ぐらいまわっても、靴はやはりぴかぴか光っていた。文化の光は、ようやく銀座からかがやきはじめたのである。「ふーン、もう目につかなくなっちゃった。これじゃしようがない」
源一は、一坪館の向い側に立って、こっちを見ながら、大きなためいきをついた。
建てたときは、あたりからずばぬけて背の高い三階建の一坪館だったけれど、今はもうあたり近所にかなりりっぱなものが建ってしまって、一坪館なんか下の方にひくく首をちぢめてしまったかたちだ。
ヘーイ少佐はそのころアメリカへ連絡にかえって不在だった。
「どうしたもんだろうね、犬山さん」
源一は、相談相手といって、ほかにないから犬山画伯に相談をかけた。
「しんぱいすることはないよ。そのうちに、いい運がむいてくるよ」
画伯《がはく》はなぐさめる顔でいった。しかし画伯は何を建てるにしても、まず先立つものは金と資材《しざい》とであることを思い、源一も
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