中で働いているはずの源一の顔も見えなかった。
店の中へ少佐がはいって来た。源一の顔を見ると、大きな手をさしのべて握手をした。
「すばらしい繁昌、おめでとう」
「ありがとう、ヘーイさん。なにもかも、あなたのおかげです」
「なあに、ぼくは君に、ちょっぴりお礼をしただけだよ。ぼくは君のために、もっともっと力を出すつもりだ」
「すみません」
源一は、強く少佐の手をにぎりかえした。
昔、すこしばかり親切にした酒屋の小僧を忘れずにいてくれるヘーイ少佐。
それから少佐の奇禍《きか》に通りあわせて、ほんのすこしのきてんをきかせて助けたことを、恩にきていてくれる少佐。そしてこんなりっぱな一坪館を建ててくれた少佐。――少佐の人情のあつさに、源一は感謝のことばを知らないほどだった。
「ベッドは、いつ三階へあげますか」と、源一は少佐に聞いた。
「今、上にあげよう」
「あ、そうですか。ベッドはもうトラックで持って来たんですか」
「いや、ジープにのせて来た」
「え、ジープに、まさか、ジープにベッドがのるもんですか。そして三階にあげるにはどうするんですか。人足《にんそく》を十人ぐらい集めるのでしょう」
「いや、ぼく一人でたくさんだ」
「あんなことをいっている。ヘーイさんはお茶目《ちゃめ》さんだからなあ」
「うそじゃないよ。いっしょに来てみたまえ」
少佐はそういって、外に待たせてあるジープの方へいった。
源一も三人力を出すつもりで外へとび出した。すると少佐はジープの中へ上半身《じょうはんしん》をさし入れて、ごそごそやっていたが、やがて中から一抱《ひとかかえ》ある布ぎれ細工のものをとりだした。
「これだよ、ゲンドン。これがベッドだ」
「え、それですか。……なあんだ。それはハンモックじゃないですか」
「そう。ハンモックだ。われわれ軍人のベッドはハンモックでたくさんだ」
そういうと、少佐はハンモックをかついで三階へあがっていった。
「おどろいたなあ。ハンモックだったのか」
源一はアメリカ軍人の簡易生活《かんいせいかつ》におどろきながら、少佐のハンモック吊《つ》りを手つだった。対角線《たいかくせん》にハンモックを吊った。なるほど、そのように吊ると、長い少佐のからだも入るであろうと思われた。
「まあ、よかった」
源一は、一息ついた。それを見て少佐は、からからと笑った。
大人気《だ
前へ
次へ
全31ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング