に、モザイクで、赤バラの花一輪がはめられると、この建物は盛装《せいそう》をこらした花嫁さんのようになった。
「すばらしい塔をこしらえたもんだ。あの塔は何だね」
「さあ、何だかね。今どき、ごうせいなことをやったもんだ。ちょっとそばへいってみようよ」
 みんな、この塔の下にあつまって来た。
 そのとき彼らは見たのである。その一階の店前《みせさき》に、いろとりどりの美しい草花が鉢《はち》にもられていっぱいに並んでいるのを。
「あ、花屋だ」
「やあ、きれいだなあ。花ってものは、こんなに美しかったかしらん」
「うれしいね。焼夷弾《しょういだん》におわれて、こんな美しい草花のあることなんかすっかり忘れていたよ。一鉢買っていこう。うちの女房や子供に見せてよろこばしてやるんだ」
 塔見物にそばへよって来た人々は、こんどは草花の美しさにとりこになって、争《あらそ》うようにして源一の店から花の鉢を買っていく。
 源一は、あせだくで、うれしい悲鳴をあげていた。
 この新しい銀座名物の建物は「一坪館《ひとつぼかん》」と名づけられた。
 たった一坪の土地が、こんなに能率よく利用せられたことは、今までにはほとんどないことだろう。
 店の品物があまり売れすぎるので、午後一時頃には品物が店になくなりかけた。困ってしまった源一は、誰かを雇《やと》って花の仕入《しいれ》をしようかと考えた。しかしそのとき思い出したのは、いつも源一に元気をつけてくれた犬山画伯《いぬやまがはく》のことだった。
(そうだ、犬山さんに頼んで、しばらくこの店を手つだってもらおう)
 そう思った彼は、その夜、犬山画伯のもとをたずねた。
 犬山画伯は、家を留守にしていた。田舎へ出かけて、いつ帰ってくるか分らないという話だった。彼はがっかりして一坪館へひきあげた。
 彼にもう一つの心配があった。明日は土曜日でヘーイ少佐が来る。そして、いよいよベッドを三階に入れるわけだが、あんなせまいところへうまく入るだろうか、そして少佐が土曜日の夜をあそこでうまくねられるだろうかという心配だった。


   ベッドを三階へ


 ヘーイ少佐は、土曜日の午後、ジープを自分で運転して一坪館へのりつけた。
「ほう。すばらしい繁昌《はんじょう》だ」
 少佐は、よろこびのあまり、ぴゅーッと口笛を吹いたほどだった。全く一坪館の前は人垣《ひとがき》をつくっていて、
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