みさんは心細くいった。
「それはそうと、源ちゃんに、わたしお礼を何かあげたいんだが、何がいい」
矢口家のおかみさんは、生命などをすくってもらった礼に、源一に何か贈りたいが何がいいかといって、きかなかった。源一はさんざんことわったが、おかみさんはぜひというので、源一はふと心に思いつき、
「それでは、おかみさんの店の焼跡《やけあと》から、この角のところの一坪の地所を私にゆずって下さいませんか」
といった。
おかみさんはもちろん承知して、その場で譲渡証《じょうとしょう》を書いてくれた上、土地の登記《とうき》について矢口家の弁護士への頼み状までそえてくれた。これが源一が一坪の土地の持主となったいきさつである。
焼けあと整理
銀座の焼けあとの一坪の土地を、とうとう自分のものにすることができた飛島源一《とびしまげんいち》は、天にものぼるうれしさで胸がいっぱいだった。
「さあ、ここで、ぼくはすばらしい仕事を始めるんだ。なにしろ、こうして見わたしたところ、まだ誰も店をひらいていないじゃないか」
源一は、今日から彼の所有となった一坪の焼け土の上に立って、あたりをぐるっと見まわした。目のとどくかぎり、どこもここも焼の原である。いや、まだぷすぷすと、煙のあがっているビルもある。
人影一つ見えない。みんなどこへ行ってしまったのだろうか。
「ほほう。ぼくが今ここに店を出したら、ぼくは戦災後《せんさいご》、復興《ふっこう》の一番のりをするわけだ。よし今日中に店を出そう」
銀座復興の店開きの第一番を、少年がひきうけるのはゆかいではないかと源一はいよいようれしくなった。
「じゃあ、いったい何の店を開いたらいいだろうか」
さあ何がいいか。源一は一坪の焼土を四角に歩きまわって、いろいろと考えた。
この土地をゆずりうけるとき、彼は、ここに煙草やをひらくつもりだった。昔からその角《かど》に煙草やがあって、はんじょうしていたから、やはり煙草やがいいと思ったのだ。
だが、今、煙草やの店を出すのはどうかしらんと考えた。焼野原一番のりの店開きが、煙草やさんではどうもおもしろくない。もっと復興一番のりらしい品物を売りたいと思った。
「なにを並べて売ったらいいかなあ」
源一は腕ぐみをして、一坪のまわりをぐるぐる歩きまわった。と、一つの考えがうかびあがった。
(そうだ。誰か人が通りか
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