かったら、その人をよびとめて、相談してみよう)
 いくら焼けあとでも、ここは銀座通りだから、そのうちにきっと誰か通るにちがいない。銀座はどんなになったと、心配してみにくる人が、きっとあることだろう。その人をよびとめればいいんだ。
 源一はあたりを見渡した。まだ朝の七時であったが、人影はさらに見えない。みんな銀座を忘れてしまったのかなあ。
 水筒《すいとう》の水をすこしのんでから、源一は腰をかがめて、焼けあとの一坪を整理にかかった。石ころと灰と分け、そして元の固い地面を出すつもりだった。そんなことをしているうちに、誰かそこの通りを通りかかるだろう。
 源一は、一生けんめい仕事をつづけた。それは骨の折れる仕事だった。しかしおもしろくもあった。焼けあとからは石ころと灰だけではなく、針金やせとものや、いろんなものが出てくる。
「おうい、坊や」
 源一はとつぜん誰かによびかけられた。


   さしこの老人


 あべこべに、源一の方が誰かによびかけられた。源一はびっくりして顔をあげた。すると源一をよんだ相手は、銀座の本通りに立って、こっちを見ているのだった。さしこ[#「さしこ」に傍点]のはっぴに、さしこの頭巾《ずきん》、下は巻きゲートルに靴をはいている。頭巾から出しているのは、二つの小さな目だけ、若い人か、老人か、どっちかわからない。しかし声をきくと老人のようだった。
「おい、坊や。ここに立っているのは、七丁目の交番かい」
 江戸から明治にかけてこのような消防のすがたが、はやったことを、源一は何かの本で読んだことがある。
「そうです。七丁目の交番です」
「うへえ、やっぱりそうか。もうすこしで戸まどいするところだった。なんしろこうきれいに焼けちまっちゃ見当《けんとう》がつきやしない。じゃあ、アバよ」
 と、行きかけるのをあわててとめた。
「おう、待ってくれよ、おじさん」
「なんだい、待てというのは……」
「ちょっとおじさんの意見をきかしてもらいたいんだ。ぼくはね、これからここに店を開くんだけれど、何の店を始めたらいいだろうね」
「なんだって」
 相手は本通りから源一の立っているところまで歩いてきた。そして頭巾をぬいで背中へまわした。すると相手は、あから顔の、短い白毛頭《しらがあたま》の、六十歳あまりの老人だと分った。人の好さそうな小さい目、実行力のある大きな唇、源一は、この人
前へ 次へ
全31ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング