りがとう」
「買出し行くんかね、あっちは高いことをいって、なかなか売ってくれないよ」
「そうですか、困りますね」
 電車の姿のない電車道の上を源一は車をすっとばして行った。やっぱり焼けているけれど、ぽつんぽつんと所々に焼跡があるだけで大部分の町が残っていた。源一はそれに気がつくと、なんだか、救われたように急に胸がひろがった。
「ほッ、多摩川だ」
 いつの間にか多摩川の見えるところまで来た。二子の橋を渡る。美しい流れだ。川岸は目のさめるような緑の木や草にすがすがしく色どられている。
「いいなあ」
 まるで夢の国へ来たようだ。こんな美しい世界が、まだこの日本にのこっているとは気がつかなかった。橋を渡ったところで左に折れ、堤《つつみ》の方を川にそって下って行く。
「ああ咲いている、咲いている! 花だ。れんげ草があんなにたくさん……」
 源一はエンジンをとめると、車からとびおりた。そして目の下の堤いっぱいに咲きひろがっている紅《あか》いれんげ草の原へかけこんだ。
「うわあ、すごいなあ。すごいなあ」
 源一は気が変になったように、れんげの原の上をとびまわったり、ころがったりした。そのうちに彼は、急に気がついたという風に、花の上にちょこんとすわりなおした。
「待てよ。こんなれんげ草を持っていって銀座の店に並べても、ほんとうに売れるかなあ。チューリップや、ヒヤシンスなら、よく売れることは分っているが、そんなものはないし……」
 ちょっと迷ったけれど、源一にはこの紅いれんげ草が、この上なくうつくしいものに見えたので、やがて決心をして、それから根から掘った。
 そして車のうしろにのせてあったカンバスの中に、ぎっしりつめこんだ。
「さあ、このお花の代金は誰に支払ったらいいんだろうなあ……はははは、れんげ草だから、これはタダでいいんだ」
 源一はゆかいになって、花をつんだ車にのって、再び銀座にむかった。


   一株《ひとがぶ》五十|銭《せん》


 源一は、銀座の焼跡にもどると、さっそくれんげ草を売りはじめた。
「きれいな草花が、やすいやすい。両手にいっぱいでたった五十銭です」
 れんげ草の根を、土とともに新聞紙でうまくくるんで、わらではちまきをしたものが、一かぶ五十銭で売り出されたのだ。このねだんをきめるまでに、源一はながいこと考えた。
 はじめは十銭にしようかと思った。なにしろ多
前へ 次へ
全31ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング