摩川堤《たまがわつつみ》に行けば、いくらとってもただなんだから、十銭でも高いといえる。
しかし、あそこまでオート三輪車をとばすためには、ガソリン代もいるし、タイヤのパンク修理代もみこまなくてはならない。
れんげ草を掘るためのシャベルを買うこと、草花を枯れないように水をかけてやらねばならないが、それに使うじょうろも買わなければならない。
手にはいるなら、小さいすきや、きのはちを買いこみたい。それにこのれんげ草を植えるのだ。そうしたらさぞ見ばえがすることであろう。
なおそのうえに、源一は一日に三度はたべなければならない。夜は手足をのばしてねるところを借りなければならない。そんなことを考えると、いくらただのれんげ草でも五十銭ぐらいには売らないと商売にもならないし、源一はたべて行けない。
「さあ、買って下さい。きれいな草花《くさばな》が、一かぶ五十銭ですよ」
源一は銀座の焼跡に人が通りかかると、こういって声をかけながら、れんげ草の一かぶを高くさしあげる。しかし相手は源一の方をむいて、にっこり笑うだけであって、源一の店までやって来て買って行く者はなかった。源一は、だんだん自信を失っていった。
なぜ、売れないんだろう。相手は誰でも、れんげ草をみて、にこにこ笑う。そういうところを見るとみんな花がきらいではないのだ。きらいでないくせに買っていかないのはどうしたわけだろう。
「ははあ、みんなお金がないのかな」
そうでもあるまい。たった五十銭なんだから。
「それとも場所がよくないのかな。この店は、銀座の通りから、ちょっとひっこんでいるから、ここまで入りこむのがおっくうなんだろうか」
たぶん、そうであろうかと思った。しかし、これはどうすることも出来ない。ここが店の場所なんだから仕方《しかた》がない。
「お客さんの来るまで、とうぶん、ここでがんばってみよう」源一はそう決心した。そして売れなくても毎日店を出した。
すると、ある日のことめずらしく彼の店の前に近づいた三人の若者があった。三人は、源一の店に並んでいる品物をのぞきこむと、一度にぷっとふきだして大笑いした。
三人組
「なあんだ。花を売っていると思えば、れんげ草じゃないか。人を笑わせやがらあ」
「誰がそんなものを買うものか」
「そうだ、そうだ。今みんな腹をへらしているんだ。食いものなら買うが、花なんぞ、誰
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