阪駅に入っていった。
「富山へ行くんだ。一つ切符をどうぞ」
 彼はまだ呂律《ろれつ》のまわらぬ舌で、切符売場の窓口にからみついた。ひどく飲みつづけていたらしい。飛行機なんか、もうとっくの昔に乗りおくれてしまっている。
「おい山下君。ど、どこかへ逃げちゃったよ」
 彼は、自分にも記憶のない人の名をよんだりなどしている。
 彼は午後十時十八分の列車に、ようやくのりこむことが出来た。そして寝台の中にもぐりこむが早いか、蠎《うわばみ》のような寝息をたてだした。よほど飲んだものらしい。
 列車ボーイに起されて目がさめた。
 まだ腰がふらふらと定まらない。洗面所へ行ってみると、満員だった。窓外は朝の山々や田畑がまぶしく光っていた。
 車室へかえってくると、もう寝台はきれいに片づいていた。食慾がない。どうも変だ。昨日はなぜあのように飲みすぎたのだろう。軍艦横丁のおでん屋に顔をつきこんでから、ひどく酔《よい》のまわったことを覚えている。それから後は、連《つれ》が出来たらしく、誰かと一緒に飲んでまた飲みつづけた。大事を前にして、どうも不思議な自分の行動だった。酔いではなく、麻酔《ますい》のようにも思う―
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