に席が一つ明《あ》いていませんか。もちろん今日のことです」
すると返事があって、明いているという。そこで切符を頼んで、名前を登録した。出発時間はと聞けば、午前十一時十分だという。あと一時間半ばかりあった。
帆村は公衆電話函を出ると、急に酒がのみたくなった。
あまり時間はないが、こうふらふらでは仕方がない。ことにこれから空の旅路である。ぜひ一杯ひっかけてゆきたい。そう思った彼は、新世界をぐるぐるまわりながら、酒ののめるところを物色した。
あとで聞くと、それは軍艦横丁という路次だったそうであるが、そこに東京には珍らしい陽気なおでん屋が軒をならべていた。若い女が五、六人、真赤な着物を着て、おでんの入った鍋の向うに坐り、じゃんじゃかじゃんじゃかと三味線をひっぱたくのである。客も入っていないのに、彼女たちは大きな声で卑猥《ひわい》な歌をうたう。この暑いのにおでんでもあるまいとは思ったが、その屈托《くったく》のなさそうな三味線の音が帆村の心をうったらしく、彼はそこへ入って酒を所望した。
それから後のことは、帆村の名誉のために記したくない。とにかくその日の夜十時になって彼は転げこむように大
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