興味あるものが現われますから」
 木村氏が手にしていた細長い懐中電灯様のものは、紫外線灯だったのだ。帆村が感心しているとき、スイッチが入ったものと見えて、裏板がぱっと青く光った。見れば、それは文字の形になっているではないか――。
[#ここから2字下げ]
“※[#丸1、1−13−1]x=□□□□□□=74□×?”
“※[#丸2、1−13−2]ハ東京市銀座四丁目帝都百貨店洋酒部ノ「スコッチ・ウィスキー」ノ広告裏面。赤キ上衣ヲ着タル人物ノ鼻ノ頭に星印アリ”
[#ここで字下げ終わり]
 と、愕《おどろ》くべきことが書いてあった。


   車馬賃一万円也


 帆村荘六は、木村事務官と別れて、いよいよ活動に入った。
 ペン先の看板の裏に書かれた x=□□□□□□の□□□□□□こそ、探す暗号の鍵の数字であった。しかしいかなる数字であるか、はっきり記さず 74□×? と妙な書き方をして逃げてある。そしてこれを※[#丸1、1−13−1]として、あとは※[#丸2、1−13−2]を探せというような書きっぷりであった。実に不思議なペン先の看板だ。
 どうして木村事務官がこれを手に入れたかについて帆村は質問の矢を放ったが、事務官はその説明を拒絶した。そしてこんなことを云った。
「それを説明すると、私どもの役所が使っている重要な情報網の秘密を洩らすことになりますから勘弁してください。しかしこれは十分|信憑《しんぴょう》すべきものであることを断言します。この□□□□□□は、来月の暗号の鍵数字であること疑いないのですが、肝腎の数字が入っていません。これは次の※[#丸2、1−13−2]という場所、つまり銀座の帝都百貨店洋酒部にあるスコッチ・ウィスキーの広告をさがして、その裏を見て考えるよりほかないのですが、この仕事を貴下にお願いしたいのです。私どもがやってもやれなくないかもしれませんが、たびたび申すとおりに、それではすぐ彼等の方に分ってしまいます。そこは貴下を煩《わずら》わした方が、巧みにカムフラージュにもなるし、またお手際も私どもより遥かに美事《みごと》であろうと思うのです。どうか一つそのような事情をば御考慮の上、直ちに活動をはじめていただきたい。しかも絶対秘密です。それからもう一つ、お気の毒ですが、今日は二十六日で、あと五日で来月となります。ですからこの調査は、即時とりかかっていただきたい。そしてあらゆる手段を使って、一時間でも早く完了していただきたい。遅れてしまうと、政府にとってたいへんな損害ですから――それから云うまでもありませんが、十分身辺を警戒して下さい」
 そういって木村事務官は、車馬賃として金一万円也の紙幣束を帆村に手渡したのであった。必要あらば、金はいくらでも出すからいってくれ、秘密連絡所として市内某所を記した名刺を手渡した。そこは普通の民家を装ってあるが、長距離電話もあれば、電信略号もあり、振替番号まで詳細に記載してあった。
 帆村荘六は、この木村事務官との会見によって、珍らしいほどの大昂奮《だいこうふん》を覚えた。なかなか手剛い相手である。こっちへ送られて来た来月の暗号の鍵を、いかなる危険をおかしてもこの五日のうちに探しあてるのだ。非常にむずかしい仕事であることはよく分っている。従来の暗号でこのような数学みたいなものを出したものがあるのを聞いたことがない。骨が折れることは目に見えている。
「よし。どんなことをしても、この六桁の暗号の鍵を解かずには置くものか」
 帆村は料亭を出ると、すぐさま公衆電話函に駈けこんで、大辻助手を電話口に呼びだした。こういう重大事項になると、大辻にも云い明かしかねたが、程よく大意を伝え、ここ五日ほど不在にする事務所の留守を、かねて云いつけて置いたとおりによくやるよう頼んだ。
「先生、僕を連れていって下さらないので心配です。しかしお伴がかなわないということでは仕方がありませんが、どうかくれぐれも身辺を御用心なすって下さい」
 と、大辻助手はしきりに帆村の身の上を案じていた。
 それからいよいよ帆村の活動が始まったのである。全くの一本立だった。自分の頭脳と腕力とが、只一つの資本だった。
[#ここから2字下げ]
※[#丸1、1−13−1]x=□□□□□□=74□×?
[#ここで字下げ終わり]
 さあこれをどう解いてゆくか、この奇妙な暗号の謎を。
 とにかく次に目指すは※[#丸2、1−13−2]だ。銀座の帝都百貨店の洋酒部とある。
 かれはすぐその足で、地下一階にある洋酒部の売場に近づいた。
 ぶらりぶらりと客を装いながら洋酒売場を物色するうちに、彼は遂に、問題のスコッチ・ウィスキーの絵看板を洋酒の壜《びん》の並ぶ棚に見つけた。なるほど赤い上衣をつけた西暦一千七百年時代の英人が描いてあった。近づいてみると、鼻の頭に、
前へ 次へ
全11ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング