…」
「おい、また敗戦主義か。それだけはよして貰いたいね」
「そうだったな。よろしい、一つ大胆《だいたん》な仮説《かせつ》を立てて、そこから入《はい》り込むことにしよう」
 私は、腕を組んで、改《あらた》めて室内を見渡した。
「ええと、メントール侯が、充分安心して暗号簿《あんごうぼ》をこの部屋に隠しているとしよう。すると、どんなところが安心のできる場所だろうか」
「おい、早くやってくれ」
「まあ、そうあわてるな」
「あわてはせんが、無駄に時間をつぶすな」
「ふーん、やっぱりあの蓄音機らしいぞ」
 私は、この部屋に於ける唯一《ゆいいつ》の目ざわりな新時代の道具として、さっきから卓子《テーブル》の上の蓄音機に目をつけていた。そこで私は、傍《わき》へよって、蓋をあけた。
「おお」
 私は呻《うな》った。蓄音機は、最近誰かが音盤《レコード》をかけて鳴らしたらしく、廻転盤には埃《ほこり》のたまっている上に、指の跡がまざまざついているのであった。そして針があたりに散乱しているところから見て、この蓄音機を懸けた者は、たいへん気がせいていたのだと思われる。
「すると、誰か既に、この蓄音機に目をつけて、
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