、酒とそして……いや、よしましょう、そんな話は。で、音叉を鳴らすと、なぜ声のいい人だということが分るのですか」
「さあ、それは、その人の声と音叉の音とがからみあって第三の声が聞えるんだそうですわ。それはその第三の声は侯爵さまだけに聞える音で、他の平民どもには聞えない音なんですって。だから侯爵さまは、誰も持っていない神の力でもって、いい声の人をお探しになれるのですってよ」
「やれやれ、今のメントール侯も、中世紀ごろと同じに、半分は人間で、半分は神さまなんですね。さあさあ、話はそれくらいにして、今夜は皆さんに集っていただいて、ダンスの会を開きましょう。リスボンから仕入れて来た御馳走も開きますよ。ぜひ皆さん来てくださいね」
「あーら本当ですの。本当なら、素敵《すてき》だわ」
「あたし、そう来るだろうと思って、待ってたのよ」
「まあ、あんなことを……」
 とにかくに、白木は、まんまと島の白人の娘さんたちの人気を攫《さら》ってしまった。まるでメントール侯の再来でもあるかのように。


   本土《ほんど》の外《そと》の秘庫《ひこ》


 山麓《さんろく》の宿舎に入って、私はさっきから気になって仕方のなかったことを、白木に訊《たず》ねたのであった。
「メントール侯と音叉《おんさ》の話は、出鱈目《でたらめ》なんだろうね」
「出鱈目などとは、とんでもない。それに、あの金髪娘たちが、その本当なることを、あのとおり証明してくれたんじゃないか」
「すると、メントール侯の音の研究は、本格的なんだね。ふしぎな城主さまだ」
「おいおい、感心してばかりいたのでは駄目だよ、あれは君に聴かせるために、おれが話を切り出したことなんだ」
「私に聴かせるためというと……」
「音楽の学問なんか、おれには分らないのさ。ぜひとも君に聴いておいて貰《もら》って、これからわれわれの取り懸ろうという仕事の手がかりにして貰いたかったわけだよ」
「これから取り懸るという仕事とは、ゼルシーの廃墟《はいきょ》をたずねて、何か宝物でも掘りだすのかね」
「うん、宝探しにはちがいないが、困ったことに、その宝の形が一向はっきりしないのさ。とにかくそれは、イギリス政府が英本土を捨てて都落ちをする際、使用することになっている暗号の鍵なんだ。それが、あのゼルシー城塞のどこかに隠されているのだ。われわれは、それを探し出すために、この島までやってきたのだ」
 白木は、このときようやく、この島にやってきた事情を、はっきり物語った。
 暗号の鍵を探しあてるためだという。その暗号の鍵とはどんな形のものであるか。暗号帖《あんごうちょう》のようなものか、それともタイプライターのように器械になったものか、或いは又別な形式のものであろうか。
 このいずれであるかについて、白木自身は、全く何にも分っていないらしい。島の娘をつかまえて、メントール候の話に花を咲かせたのも、実は私に、探査《たんさ》の手懸りを掴《つか》ませるためだったというのだ。
 では、私は何を掴み得《え》たであろうか。音楽マニアにも似たメントール侯のこと、その侯が、音叉を持ちあるいて美声《びせい》の人を探し求めていること、侯が島の娘たちにたいへん人気があること。それから、侯は今から半歳ほど前から消息を断っていること――
 たったこれだけのことではないか。しかも、これが暗号の鍵の正体をつきとめる材料らしいものは、一つも見当らない。私は、ひとりぎめにすぎる白木の暴挙《ぼうきょ》に対し、すくなからぬ不満を覚《おぼ》えたのであるが、事ここに至っては、そんなことを云っても何にもならない。白木のやつは、どうやらドイツ軍人たちに、この暗号の鍵は、われわれの手によらなければ永久に発見できないであろうといったような見得《みえ》を切って来たものらしい。どっちにしても私は雲を掴むような仕事に、大汗をかかねばならなくなったのである。
 私が当惑《とうわく》しきっているのにはお構《かま》いなしに、白木はボーイにいいつけ、持って来させた銀の盆の上の酒壜《さけびん》を眺め、にたにたと笑いながら、
「おい、まだここには、こんな素晴らしい逸品《いっぴん》があるんだぜ。どうだ、陣中見舞《じんちゅうみまい》として、一杯いこう」
 と、コップをとって私にすすめる。
 私は酒の入ったコップをそのまま小|卓子《テーブル》の上に置いて、
「おい白木、宝探しの暗号の鍵とはどんなものか、もっと詳しいことを聞かせろ」
 というと、白木は、急いでコップの酒をぐっと呑んで、
「もう別に、附け加えるような新しい説明もないよ。要《よう》するに、イギリス政府は、こうなる以前に、早くも本土を喪《うしな》うことを勘定にいれて、金貨の入った樽《たる》を方々の島や海底に隠したり、艦船用の燃料|貯蔵槽《ちょぞうそう》を方々の
前へ 次へ
全7ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング