海中に沈めたり、重要書類を沢山の潜水艦に積んで、無人島にある秘密の根拠地に避難させたり、移動用の強力な無線電信局を擬装《ぎそう》の帆船《はんせん》に据《す》えつけたりしてさ、一旦は本土を喪うとも、やがて又|勢《いきおい》をもりかえして、ドイツ軍を圧迫し、本土奪還《ほんどだっかん》を企《くわだ》てようとし、そのときに役立つようにと、本土の外の重要地点において用意|万端《ばんたん》を整《ととの》えておいたというわけだ。今われわれの関係している暗号の鍵というのも、その本土の外に保管されてある重要機密の一つなのさ。その時号の鍵が、このゼルシー島の、しかもメントール侯の城塞内に隠されていることは、極《きわ》めて確実なのさ。それをわれわれの手でもって探し出そうというのだ」
白木は、今になって、すこぶる興味ある話を、べらべらと喋《しゃべ》り出すのであった。このへんは、大体のところ彼の横着《おうちゃく》から来ているのであるが、又一つには、初手から私を無駄に心配させまいとしての友情が交っていることも確かだった。だから、白木に対し、正面から抗議を申込むわけにもいかない筋合《すじあい》があった。
「あの城塞にあることは確実だというが、なぜ分る?」
「これは、ドイツの諜報機関《ちょうほうきかん》の責任ある報告で、フリッツ将軍のサインまでついているから間違いなしだと思っていい。実は、メントール侯は、既にドイツの第五列のため捕えられ、あの程度のことまでは白状したんだそうだ。しかし、それから奥のことについては、侯は一切口を緘《つぐ》んで語らないので、ドイツ側じゃ、業《ごう》を煮《に》やしているらしい。この島へも、ドイツ側は上陸して、なるべく人目にたたないように城塞へ入り込み、いろいろ調べもしたが、ついに宝探しは徒労《とろう》に終ったんだそうだ。それにこの島は今のところ、民主国側へも枢軸国側へもはっきり色を示していない国際島《こくさいとう》なんだから、行動をとるにしても、万事非常にやりにくいんだ。そうでなければ、あの鼻息の荒い連中が、われわれの前へ頭を下げてくる筈《はず》がない」
白木のことばによって、私には、だんだん事情が明《あきら》かになってきた。そして、これは今までにない重大任務だと思った。
「じゃあ、いつからあの城塞へ入り込むつもりかね」
と、私が訊《き》くと、白木はどうしたわけか、唇まで持っていった盃を呑みもせずに下に置いて、大きく溜息《ためいき》をついて、
「明日だ。ひょっとしたら、遅すぎるかもしれないが、明日にしよう。今日いくのは危険だ」
といって、何をか考え込む様子だった。
城塞見物《じょうさいけんぶつ》
その夜は、娘さんたちに約束のとおり、白木はホテルの広間を借りきって、豪華なダンスの会を催《もよお》した。
その盛会だったことは、呆《あき》れるばかりで、白木は始終鼻をうごめかしながら、溌剌《はつらつ》たるお嬢さんや、小皺《こじわ》のある夫人たちに、あっちへ引張られ、こっちへ引張られして、もみくちゃにされていた。あとから白木の弁解するところによると、これも重要なる作戦の一つで、われらの旅行目的をカムフラージュし、且《か》つはメントール侯の日常を知っている娘さんたちを味方につけて、翌日以後大いに利用しようという魂胆《こんたん》だったということである。
さて、その翌朝《よくあさ》とはなった。
私たちは、軽装《けいそう》して、宿を出た。物好きに城塞見物《じょうさいけんぶつ》をやって楽しもうという腹に見せかけ、ホテルのボーイに充分の御馳走や酒類を用意させて、お伴《とも》について来させる。その上に、例の溌剌たるお嬢さんがたを全部、招待して、まるで、移動する花園の中に在《あ》る想《おも》いありと、側《はた》から見る者をして歎《たん》ぜしめたのであった。これくらいにやらなければ城塞の番人は、こっちに対して気を許すまいと思われたからであった。
わが一行は、坂道をのぼっていった。
陽はつよく反射して、咽喉《のど》が乾いてこたえられなかった。わが一行は、方々で小憩《しょうけい》をとった。そのたびにレモナーデだ、ハイボールだなどと、念の入ったことになる。だから、私たちが城塞の下についたころには、私たち二人を除《のぞ》いたあとの一行全部は、後遅《おく》れてしまったのであった。
「おい白木、これじゃしようがないじゃないか」
と、私がいえば、白木はにやりと笑って、
「いや、これでいいんだよ。皆を待つふりをして、城塞を外からゆっくり拝見といこうではないか」
と、彼は、太いステッキをあげて、爆弾に崩《くず》れた石垣のあたりを指すのであった。
「例の宝物は、どこにあるのか、君は見当がついているのかね」
「さあ、よくは分らないが、何としても
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