軽機といっても大したことはないよ、相手が愕《おどろ》いてくれればいいだけのことだ」
「ふーん、そうかね」
私は思わず呻《うな》ってしまった。白木は、私が怖じけないようにと、わざと物をかるくいっているように思われる。
妙な伯爵と男爵
私たちの乗った船は、ゼルシー島についた。
実をいえば、私は鬼《おに》ヶ島《しま》へいくような気持をもって、ここまでやって来たのであるが、あの緑の樹で蔽《おお》われた突兀《とっこつ》と天を摩《ま》する恰好のいい島影を海上から望んだ刹那《せつな》、そういう不安な考えは一時に消えてしまった。そして非常に魅力のある極楽島《ごくらくとう》へ来たように感じたのであった。
上陸第一歩、私は、もうすっかり気をよくしていた。それはこの島に住んでいる若い白人の娘たちが、果物の籠を抱《かか》えて、私たちの方へとびついて来たからであった。
「あのう、こちら、リスボンからいらした日本領事館の方でしょう。あたしたちお迎えにあがりましたのよ」
娘たちは、私たちを囲んで、もうすっかりお友達のような気になって、はしゃぐのであった。白木も上機嫌《じょうきげん》だ。
「やあやあ。迎えに来てくださるという話のあったのは、貴女《あなた》がたでしたか。ネリーも意地悪だなあ。だって、お婆さんが二三人迎えに出るかもしれないといったんですよ。はははは、まさかこんなに花のようにうつくしいお嬢さん方にとりまかれようとは思わなかったなあ。ネリーのいたずらにうまうま一杯ひっかかったんだ。はははは」
「ネリーなら、やりそうなことですわ。ところでどちらが二俵伯爵《にひょうはくしゃく》で、どちらが六升男爵《ろくしょうだんしゃく》でいらっしゃいますの」
二俵伯爵に六升男爵? 私は、娘たちがからかっているのだとばかり思っていた。
「それは一目見ればわかるでしょう。余《よ》がすなわち噂に高き二俵伯爵であり、こっちの黙りこんで昼間の梟《ふくろう》のように至極《しごく》温和《おとな》しいのが、六升男爵でいらせられる」
白木が、とんでもないことをいいだした。私は、あきれてしまって、うしろから彼の腕をゆすぶったが、それが通じるどころか、彼は身ぶりたっぷりで、お嬢さんたちの機嫌をとりむすぶのに夢中である。
「……ええ、そういうわけで、メントール侯とは、ずいぶん昔から深い御交際をねがっている。メントール侯ですぞ。わかりますか、そこに聳《そび》えているゼルシー城の持主であられたメントール侯にね」
白木は、ステッキの先をあげ、はるかの山顛《さんてん》にどっしりと腰をおちつけているゼルシー城塞《じょうさい》を指《ゆびさ》した。
「まあ、あの侯爵さまと、そんなにお親しい御間柄《おあいだがら》ですの。そう伺《うかが》えばなつかしいわ。で、侯爵さまは、このごろちっともわたしたちに顔をお見せになりませんのですけれど、一体どこにいらっしゃるのでしょうかしら」
娘たちの間には、かのメントール侯こそ憧憬《あこがれ》の星であるらしく思われた。
「さあ、そのメントール侯だが、実は私もその行方《ゆくえ》をお探し申上げているのですがね。侯には今から半年ほど前の或る夜更《よふ》けにリスボンの或る場所でお目に懸《かか》ったが、それが最後の会見だったのです。侯の消息《しょうそく》は依然として不明ですわい。その夜、侯がいつになく酒もたしなまれず、蒼《あお》い顔をして溜息《ためいき》ばかりをついていられたのを思い出します」
白木は、娘さんたちに気に入るようにと、たくみに話をはこんでいる。しかし、その喋《しゃべ》っているメントール侯の消息については、どこまで本当なのか、私には解りかねた。
「あのう、侯爵さまは、その夜、音楽の話をなさったり、それから御愛用の音叉《おんさ》を、ぴーんと鳴らしてみたりなさらなかったでしょうかしら」
「ああ、あの有名なる音叉ですか。非常に高い音の出るあの音叉は、侯が私たちと話をなさるときには、いつも手にして玩具《おもちゃ》のように弄《もてあそ》びながら、ぴーんと高い音をたてられるのが例だった。しかし、あの最後の夜には、それもなかったのですよ。――侯があの音叉をお鳴らしになるのはどういうわけですかな、お嬢さんたちはそれを御存知?」
話が妙な方向にそれた。私は音叉の話など初耳だ。白木先生の意図《いと》をはかりかねながら、私は黙ってこの対話に耳を傾けていた。
「侯爵さまは、いい声の人を探し出すために、ああしてたえず音叉を鳴らして、話し相手の声をおしらべになっていたんですって、そんな話を、お聞きになりません?」
「私たちは、お嬢さんがたほど信用がなかったのか、それとも私に音楽の素養《そよう》がないと思ってか、侯は私たちには、そんな話をしませんでしたね。いつもする話は
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