「ああら、いらっしゃい」
 そういって通りすぎたのは、チェリーだった。カクテルの盃を高くささげて、急ぎ足に通りすぎた。背後《うしろ》から眺めるとワン・ピースが、はちきれそうにひきしまって、彼女の肉体があらわに透《す》いて見えそうだった。
「ありゃチェリーさんだネ」
「うん」
「暫く見ない間に、大変肉づきが発達したじゃないか。まるで別人のようだ」
「そうだネ」私は或ることを思い浮かべて、胸の締めつけられるのを覚えた。
「まあ、いらっしゃいませ」そこへ君江がやって来た。「先刻《さっき》はどうも……」
 君江が帆村にそういって挨拶をした。オヤオヤと思って私は帆村の顔を見た。
「む――」帆村は白っぱくれて、ホープの煙幕《えんまく》の蔭に隠れていた。
 注文をきいて、君江が向うへゆくのを待ちかねて私は口を切った。
「今のはどういう訳なんだ、『先刻はどうも』というのは」
 帆村はニヤリと笑って、灰皿に短くなったホープを突きこんだ。
「君は覚えているだろう」と彼は声を墜《お》として云った。「あの金《きん》という惨死《ざんし》青年が或る中毒に罹《かか》っていたことを」
「ひどいモルヒネ中毒だというん
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