た」
「もういいのですか」
「ええ、もう用は済みました。この位で引揚げさしていただきましょう」
帆村はうしろを向いて、そこにあった大理石の手洗に手を差出して、水道の栓をひねった。冷たそうな水がジャーッと帆村の手に懸った。
5
外へ出ると、もう街はとっぷり暮れていた。快《こころよ》い微風が、どこからともなく追駈けてきて、頤《あご》のあたりを擽《くすぐ》るように撫でていった。
私たちは橋の上に来た。その橋を渡れば、すぐカフェ・ゴールデンバットの入口があった。
このとき帆村は、ツカツカと橋の欄干《らんかん》の方へ近づいていった。そこで彼はポケットを探っているようであったが、キャラメルの函《はこ》二つ位の大きさの白い紙包みをとり出した。どうするのかと見ていると、呀《あ》ッという間もなく、その紙包みは帆村の手を離れて、川の水面に落ちていった。帆村はパタパタと両方の掌《てのひら》を打ち合わせて、なにかをしきりに払っていた。
その夜のカフェ・ゴールデン・バットは宵《よい》の口だというのに、もう大入満員だった。私達はやっと片隅に小さい卓子《テーブル》を見付けることが出来た。
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