叮嚀《ていねい》に挨拶をすると、薬瓶の沢山並んだ部屋から、大きな帳簿をもって来た。帆村がそれを開いたのを見ると、細《こまか》い罫線《けいせん》が沢山引いてあって、そこに細い数字が書き込んであった。
 そこで彼は、丘田医師の欄を拡げて、古い日附のところから、その細い売買数量を丹念に別紙へ筆写しはじめた。
 外へ出ると、帆村はどんどん先に歩いて丘田医師の玄関に立った。案内を乞うと、太ったお手伝いさんが出て来たが、丘田氏は幸い在宅《ざいたく》とのことだった。私は何ヶ月振りかに、その応接室に通った。
「いや中々結構な住居《すまい》だネ」と帆村は大いに興《きょう》がった。そこへ丘田医師があらわれた。
「やあ其《そ》の後《ご》は――」と帆村は馴々《なれなれ》しく挨拶《あいさつ》をした後で直ぐ云った。「今日は本庁の臨時雇《りんじやとい》というところでして、ちょっと先生のところの劇薬の在庫数量を拝見に参りましたが」
「なに劇薬の在庫数量ですか。それは又珍らしい検査ですネ」そういう丘田医師の態度には、すこしの狼狽《ろうばい》のあともなかった。「じゃ向うの調剤室までお出でを願いましょうか」
 帆村は私を促
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