た。彼の抱《いだ》いていった薄刃《うすば》の短刀に血を衂《ちぬ》らず、あの重い砲丸を投げつけて目的を達したことは、後《のち》に捕縛されたとしても、短刀をまだ使っていないという点で、犯行を否定するつもりだったという。それを最初から指摘したところの検事は、大変鼻を高くしていた。
 かくて事件は表面的には解決したが、私としてはお察しのとおり、いろいろの疑問が不可解のまま解決されていないので、大いに不満だった。
 そして思いは帆村の場合も同じであった。その帆村は、海原力三の自白後、随分しばらくやって来なかったが、そうそう、あれは一ヶ月ほども経《た》った後のことだったろうか、莫迦《ばか》にいい機嫌で私の許《もと》へ訪ねてきた。
「オイ何処へ行ってたのか」
 と私は帆村の鬚《ひげ》を剃《そ》ったあとの青々とした顔を見上げて云った。
「うん、東京にいるのが嫌《いや》になって、旅に出ていた。実は神戸《こうべ》の辺をブラブラしていたというわけさ。あっちの方は六甲《ろっこう》といい、有馬《ありま》といい、舞子《まいこ》明石《あかし》といい、全くいいところだネ」
「ほう、そうか。じゃ誘ってくれりゃいいものを
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