――
「え?」
「イヤ其《そ》の君江というのくらい、性能|優《すぐ》れた女性はいないよ。その熱情といい、その魅力といい、更にその能力に於ては、世界一かも知れんぞ。生きているモナリザというのは、正にあの君江のことだ」
 と私は、暗がりをもっけの幸《さいわ》いにして、自分でも歯の浮くような饒舌《じょうぜつ》をふるった。
 あとは二人とも、鉛《なまり》のように黙って、あの裏街の軒下《のきした》を歩いていった。秋はこの場末にも既に深かった。夜の霧は、頸筋《くびすじ》のあたりに忍びよって、ひいやりとした唇を置いていった。
(遠い路だ――)仰《あお》ぐと、夜空を四角に切り抜いたようなツルマキ・アパートが、あたりの低い廂《ひさし》をもった長家の上に超然と聳《そび》えていた。
 と、そのときだった。
「ギャーッ」
 たしかギャーッと耳の底に響いたのだが、頭の上に、ひどい悲鳴を聞きつけた。何というか極度の恐怖に襲われたものに違いない叫び声だった。男か女か、それさえ判断しかねるほど、人間ばなれのした声だった。
「ほッ、この家だッ」
 と帆村は大地に両足を踏んばり、洋杖《ステッキ》をあげてアパートの三四階あ
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