ら見ると少し宛《ずつ》よくなって来たようであった。それは、これまで煙草を欲しがらなかったチェリーが、彼の訓練によって煙草を喫いはじめたからである。
「煙草って、仁丹《じんたん》みたいなものネ」
とチェリーは云った。
「煙草は仁丹みたいなものは、よかったネ」
と金は笑った。女達も釣りこまれてハアハア笑いだしたが、君江だけがどうしたものか、ツと席を立って調理部屋の方へ姿を消したっきり、いつまで経っても出てこなかった。
――そのようなカフェ・ゴールデン・バットの帝王の如き人気者が、見るもむごたらしい兇行《きょうこう》を受けたものだから、私は非常に駭《おどろ》きもしたし、一体誰にやられたのかと、普段から知っている誰彼の顔をあれやこれやと思い巡《めぐ》らした。
丘田医師の家は、すぐ判った。私の長話に大変時間が経過したような気がされることであろうが、アパートを出てからここまで、正味《しょうみ》四五分の時間だった。
電鈴《ベル》を押すと、すぐに人が出て来たのは意外だった。迎えてくれたのは、三十四五の、涼しそうな髭を立てた、見るからに健《すこや》かそうな和服姿の紳士だった。
「先生は?」
「
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