イヤ、僕ですよ」
「あ、そうですか、実は……」
と私は急病人の話をして、ひどい外傷《がいしょう》だから直ぐに来て呉れるように頼んだ。
「伺《うかが》いましょう。直ぐお伴しますから、ちょっと待っていて下さい」
丘田医師は顔を緊張させたようだったが、奥へ入った。
奥へ入って仕度《したく》をしているのであろうが、直ぐという言葉とは違って、なかなか出て来なかった。私はすこし癪《しゃく》にさわりながら、この医師の生活ぶりを見てやるために、玄関の隅々を睨《にら》めまわした。
そのときに、私の注意を惹《ひ》いたものがあった。私も帆村張りに、これでも観察は相当鋭いつもりだ。とにかく第一に私は、そこに脱ぎすてられてあった真新しい男履きの下駄の歯に眼を止めた。桐の厚い真白の歯が、殆んど三分の二以下というものは、生々《なまなま》しい泥で黒々と染まっていた。
それからもう一つ、洋杖《ステッキ》が立てかけてあったが、近くに眼をよせて仔細に観察してみると、象牙《ぞうげ》でできているその石突《いしづ》きのところが同じような生々しい泥で汚れていた。
この夜更《よふ》け、丘田医師が直ぐ玄関へ飛び出して来たと
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