」
「うん、だがあの短刀にはまだ一滴の血もついていないのだ」
「すると、あの袋入の砲丸でやっつけたのだろう。あの大きな男にはやれそうな手段じゃないか」
「それもまだ解らない」
「君はあの男に、まだそれを訊《き》いてみないのかい」
「うん、あの男とは其《そ》の後《ご》一《ひ》と言《こと》も口を利いていないんだ」
犯人と思われるあの男に、まだ一言半句の訊問《じんもん》もしてないという帆村の言葉に、私は驚いてしまった。
「じゃ今まで君は、一体何をしていたのかネ」
「金の部屋について調べていたのだ」
「そして何を掴《つか》んだのかい」
「いろいろと面白いものを掴んだ。しかし短刀をもった男を犯人と決めるに十分な証拠はまだ集まらない」
「というと、どんなものを」
帆村は嚥《の》みこんだ煙を、喉の奥でコロコロまわしているようだったが、やがて細い煙の糸にして静かに口から吐きだした。それは彼が何か解《と》き難《がた》い謎を発見し、解く前の楽しさに酔っているような場合に限って、必ずやって見せる一つの芸当《げいとう》だった。
「あの部屋で面白いことを見つけたがネ」と帆村はボツボツ語りだした。「それはゴールデン・バットについてなのだ。君はあすこの床の上に、バットがバラバラ滾《こぼ》れているのに気がつかなかったかい」
「そういえば、五六本、転《ころ》がっているようだネ」
「五六本じゃないよ。本当は皆で三十二本もあるんだ。といってこれが、五十本も入るシガレット・ケースから転げ出したのじゃないのだよ。そんなケースなんて一つもあの部屋には無いのだ。あるのはバットの、あのお馴染《なじみ》の空箱《からばこ》だけだった。空箱の数はみんなで四個あったがネ」
「ほほう」
「それからもっと面白いことがある。あの部屋には灰皿が三つもあるんだが、さて其《そ》の灰皿の中に大変な特徴がある」
「というと……」
「灰皿の中に、燐寸《マッチ》の軸と煙草の灰が入っているのに不思議はないが、もう一つ必ず有りそうでいてあの灰皿には見当らないものがあるのだ」と帆村は云ってちょっと口を噤《つぐ》んだ。
「それは何かというと吸殻《すいがら》が一つも転っていないのだ。灰の分量から考えると、すくなくとも十五六個の吸殻《すいがら》がある筈と思うのだが、一個も見当らないのだ。これは大変面白いことだ」
私には何のことだか見当がつかなかっ
前へ
次へ
全27ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング