、奥の間で何だか女の啜《すす》り泣くような声が一《ひ》と声|二《ふ》た声したような気がした。ハッとして思わず前身を曲げて聞き耳を立てたところへ、手間どった丘田医師が洋服に着換えてヌッと出てきたので、これには私も周章《あわ》てた。
「どうかしましたか」と丘田医師は不機嫌に云った。
「イヤ、誰方《どなた》か患者さんがおありじゃないですか」
「有りませんよ。お手伝いが歯を痛がっているのです」
そういう声は変に硬《こわ》ばっていて、嘘を云っているのだということを証明しているものだった。
私達は外へ出たが、そのときは話題が、例の重傷を負うた金青年の上に移っていた。丘田医師の話では、金青年を知ってもいるし、診察もしたことがあると云っていたが、何病《なにびょう》であるか、それは云わなかった。そして、私の熱心な問いに、時々トンチンカンな返事をしながら、しきりに足を早めるのだった。
3
折角《せっかく》駆けつけて呉れた丘田医師だったけれど、重傷の金《きん》青年は、私が出掛けると間もなく事切れたそうであった。
帆村の案内で、金の屍体のところまで行った医師は、叮嚀《ていねい》に死者へ敬礼をすると、懐中電灯を出して、傷の部分を診察した。
「これは何か鈍器《どんき》でやられたもののようですネ。余程重い鈍器ですナ、頭の方よりも、左肩が随分ひどくやられていますよ。骨がボロボロに砕けています」
「そうでしょう」と帆村は応《こた》えてから、指を側へ向けた。「そこに凶器がありますよ」
「どれです」医師は目をあげた。
「ほら、これですよ」と帆村は二三歩あるいて、床の上に転《ころが》っている一つの大きい毯《まり》のようなものを指した。「外側は御覧のとおり毛糸で編んであります。しかしこれは単なる袋ですよ。中身は鉄の砲丸です、あの競技に使うのと同じですが、非常に重いです。こっちから御覧になると、血の附いているのが見えますよ」
帆村は横の方から凶器の一部を指し示した。
「これは頭部からの出血が染ったのですナ」と医師は云った。
「そうらしいですネ。ときに丘田さん。この死者の致命傷は、やはりこの外傷によるものでしょうか」
「無論それに違いがありませんが、何か御意見でも……」
「意見というほどのものではありませんが、この死者の身体を見ますと、普通の人には見られない特異性があるように思うんで
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