コーヒーはコーヒー沸しの底にじっとしてなくなったのだ。そこへちょっとした力が働いて、液状《えきじょう》のコーヒーは、コーヒー沸しの口から、にょろにょろと外へはいだしたのだ。
 そのとき、天井の隅《すみ》にとりつけてある高声器が、交替時間になったことを告げた。
 すると、反対の入口の扉があいた。そこから大ぜいの人が、この食堂へはいってきた。誰も彼もみんなからだを横にして部屋の中へはいってくる。まるで海でおよいでいるような恰好《かっこう》だった。ちょっとした力を加えると、からだが前に走りすぎて、もう停まらなかった。だから、そういう連中は、そこらにある柱や壁や、電灯の笠や机や腰掛にかじりついて、やっと自分のからだを停めるのだった。
 もちろん腰掛も机も、こんなときの用心に、しっかりと床に、ボールトとナットでしめつけてあった。
「おい。おいしいものを早くだしてくれたまえ」
「おや、ウェイトレスのヒトミさんやコック長がこんなところで、まごまごしているよ。パイ缶を一つとミルクセーキ一ぱい、早いところ頼むぜ」
 と、食堂の空中を泳ぎながら、みんな註文をだす。
「はいはい。只今。しかし熱い料理や飲料は
前へ 次へ
全126ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング