なたを早く、博士に紹介しておいた方がいいと思ったもんだから、黙って連れていったんだ」
「ああ、金博士は、驚異《きょうい》に値《あたい》する人物だ。一体あの人は、中国人かね、それとも日本人かね」
「そのことだよ」
 と、私は、グラスの酒を、きゅうとのみ乾《ほ》して、
「一体、金という名前は、中国にもあるし、日本人にもある。それから朝鮮にもあるんだ。もちろん満洲にもあることは、君も知っているだろう。ところで博士は、その中の、どこの人間だか知らないといっている。博士は捨児《すてご》だったんだ。たしかに東洋人にはちがいないが、両親がわからないから、日本人だか中国人だか分らないといっている」
「赤ちゃんのときは、何語を話していたのかね」
「それは広東語《カントンご》だ。もっとも、博士がまだ片言《かたこと》もいえないときに、広東人の金氏が拾い上げて、博士を育てたんだからねえ、赤ちゃんのときに広東語を喋《しゃべ》ったのは、あたり前だ」
「ふしぎな人物だ。そして、あの穴倉《あなぐら》の中でなにをしているのかね」
「博士は、科学者だ。いや、もっと説明語を入れると、国籍のない科学者だ。国籍のない人といって
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