から、博士がうんといえば、あなたの設計した電気砲も、博士の秘密工場の手で実際に作ってくれるだろう。そうすれば、あなたの念願している英艦隊《えいかんたい》の撃滅《げきめつ》のことも――」
「いや、博士は、初速の速い電気砲が気に入らないらしい。むしろ、速度の遅い、そして射程の長い砲弾を考え出せといわれたが、僕には、何のことだか分らないのだ。なぜなら、速度を遅くすることと、射程を長く伸ばすこととは、互いに相《あい》傷《きず》つける条件なんだからねえ」
「うむ、まるで謎々《なぞなぞ》だね」
「そうだ、謎々だ。それも解答のない謎々を出題されたような気がする。博士は、ひょっとしたら、僕をからかったのかもしれない」
「そんなことはないよ。博士は、からかうなんて、そんな人のわるいことはしない。ああまで真剣で、大真面目《おおまじめ》なんだ。謎々をかけたにしても、博士は必ずその解答のあることを確《たしか》めてあるのだと思う」
「そうかなあ。速度の遅くて、射程の長い、そして命中率百パーセントの砲弾! そんなおそろしいものが、この世の中にあるとは、どうしても思われないが……いや、僕たちは、既成《きせい》科学に対し、すっかり囚人《しゅうじん》になっているのがいけないのかもしれない」
 ロッセ氏は、そういって、ぶるぶると身顫《みぶる》いをすると、急いでグラスを唇のところへ持っていった。


     4


 私たちが外に出たときは、夜もだいぶん更けて、さすがの南京路《ナンキンろ》も、人影が疎《まば》らであった。
 二人は、アルコールにほてった頬を夜風に当てながら、別に当てもなく、路のあるままに、ぶらぶら歩いていった。私たちの話題は、やはり金博士と、そして博士よりロッセ氏に与えられた奇怪なる謎々とに執着《しゅうちゃく》していた。
 それはもう、四五丁も歩いた揚句《あげく》のことだったと思うが、ロッセ氏は、急に両の手を頭の上にのばし、拳固《げんこ》をこしらえて、まるで夜空に挑《いど》みかかるような恰好《かっこう》で、はげしく振り廻しはじめた。たいへん昂奮《こうふん》の様子である。
「おい、ロッセ君。一体、どうしたのか」
「うん。やっぱり、われわれは、金博士に騙《だま》されたんだ。あんなばかばかしいことが出来てたまるものか。砲弾が低速で走れば、たちまち落ちるばかりではないか。高速であればこそ、遠いところへも届く」
「それはそうだね」
「あの金博士の意地悪《いじわる》め。僕は、英艦隊を一挙《いっきょ》にして撃沈《げきちん》したいため、うまうまと博士の見え透《す》いた悪戯《いたずら》に乗せられてしまったんだ。ちくしょう、ひどいことをしやがる」
「……」
 ロッセ氏は、天に向って、しきりに博士の名を呪いながら、停っては歩き、そして又停っては歩きした。よほど口惜《くや》しそうだった。
 私は、博士のことを、そんな人物だとは思わないが、ロッセ氏から、のろのろ砲弾についての討論を聞いているうちに、だんだんと氏のいうところも尤《もっとも》だと思うようになった。
「なるほど、反対条件だねえ」
「博士よ、豚に喰《く》われて死んでしまえ」
「まあ、そういうな。背後《うしろ》をふりかえってから、ものをいって貰おうかい」
 ふしぎな声が、とつぜん、私たちのうしろから聞えたので、私ははっと思った。
「誰だ?」
「あっ!」
 生れてからこの方、私はこんなに愕《おどろ》いたことは初めてだった。悲鳴をあげると共に、私は愕きのあまり、鋪道《ほどう》のうえに、腰をぬかしてしまった。なぜといって、私が振り返ったとき、そこには声をかけた筈《はず》の誰もいなかった。しかし何物も居ないわけではなかった。私は、まっ黒の、大きな筒《つつ》のようなものが、私の背中にもうすこしで突き当りそうになっているのを発見して、愕いたのである。それは、どう見ても、口径《こうけい》四十センチはあると思う大きな砲弾であったのである。
「どうだ。この砲弾が見えるかね」
 砲弾が、ものをいった。ふしぎな砲弾であった。そういいながら、砲弾は、私の鼻先《はなさき》を掠《かす》めてそろそろと向うへ、宙を飛んでいった。大体地上から一メートルばかり上を、上から見えない針金《はりがね》で吊《つ》られたかのように落ちもせず、すーっと向うへいってしまった。そして最後に、私は、その砲弾が辻《つじ》のところを、交通道徳《こうつうどうとく》をよく弁《わきま》えた紳士のように、大きく曲《まが》ったのを見た。そして間もなくその怪《あや》しい砲弾は、ビルの蔭に見えなくなってしまった。なんというふしぎなものを見たことであろうか。夢か? 断《だん》じて夢ではない。
 ふと、傍《かたわら》を見ると、ロッセ氏も、鋪路《アスファルト》のうえに、じかに坐っていた。氏も
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