、私と同様に、腰を抜かしたのにちがいない。
「見ましたか、今のを……。ねえ、ロッセ君」
 私は、氏の肩を、ぽんと叩《たた》いた。
 するとロッセ氏は、とつぜん吾れにかえったらしく、ふーっと、鯨《くじら》のようにふかい溜息《ためいき》をついた。そして私に噛《かじ》りついたものである。
「ロッセ君、しっかりしたまえ」
「見ました、たしかに見ました。しかし、僕は気が変になったのではないだろうか。大きなまっ黒な砲弾が、通行人のように、落着きはらって、向うへいったのを見たんだからね」
「それは、私も見た」
「砲弾が、ものをいったでしょう。あの声は、たしかに金博士の声だった。金博士が、砲弾に化《ば》けて通ったんだろうか。わが印度《インド》では、聖者《せいじゃ》が、一団《いちだん》の鬼火《おにび》に化けて空を飛んだという伝説はあるが、人間が砲弾になるなんて……」
「ほう、なるほど。あの声は、金博士の声に似ていた。それは本当だ」
 私は、ロッセ氏には答えず、思わず自分の膝を叩いた。


     5


 金博士|秘蔵《ひぞう》の潜水軍艦|弩竜号《どりゅうごう》の客員《きゃくいん》となって、中国大陸の某所《ぼうしょ》を離れたのは、それから、約一ヶ月の後だった。
 もちろんロッセ氏も、共に博士の客であった。
 弩竜号は、おどろくべき精鋭《せいえい》なる武装船《ぶそうせん》であった。総トン数は、一万トンに近かったが、潜水も出来るし、浮かべばちょっとした貨物船に見えた。弩竜号に関しては、ぜひ報告したい驚異がいろいろあるが、本件の筋にはあまり関係がないから、ここには記さない。
 弩竜号は、大陸を離れて五日目には、灼熱《しゃくねつ》の印度洋《インドよう》に抜けていた。その日のうちに、セイロン島の南方二百|浬《カイリ》のところを通過し、翌六日には、早やアラビア海に入っていた。
「ソコトラ島とクリアムリア群島との、丁度《ちょうど》中間《ちゅうかん》のところへ浮き上るつもりです」
 と、金博士が、地図の上を指でおさえながらいった。
「博士、もっと、例の反重力弾《はんじゅうりょくだん》のことについて、話をしていただきましょう」
「ああ、あなた方を愕かしたあのものをいう、のろのろ砲弾のからくりのことかね。印度洋へ入ったら、いう約束だったから、それでは話をしようかね。からくりをぶちまければ、他愛《たあい》もないことなのさ。砲弾が、ものをいったのは、砲弾の中に、小型の受信機《じゅしんき》がついていて、わしの声を放送したんだ」
「それは、もう分っています。それよりも、なぜ、あのように低速で飛ぶのですか。落ちそうで、一向《いっこう》落ちないのが、ふしぎだ」
「それは、大したからくりではない。重力を打消《うちけ》す仕掛《しかけ》が、あの砲弾の中にあるのだ。これはわしの発明ではなく、もう十年も前になるが、アメリカの学者が、ピエゾ水晶片《すいしょうへん》を振動させて、油の中に超音波《ちょうおんぱ》を伝えたのだ。すると重力が打消され、油の中に放りこんだ金属の棒が、いつまでたっても、下に沈んでこないのであった。その話は、知っているだろう」
「ええ、その話なら、知っています」
「そのアメリカ人の着想《ちゃくそう》に基《もとづ》いて、わしが低速砲弾に応用したんだ。つまり、砲弾の中に、それと似た重力打消装置《じゅうりょくうちけしそうち》がある。もし重力を完全に打消すことができたら、砲弾は、地球と同じ速さで、地球の廻転と反対の方向に飛び去るわけだが、それはわかるだろう」
「なるほど、なるほど」
 と、私も前へのり出した。
「しかし、重力をそれほど完全に打消さず、或る程度打消せば、それに相当した速度が得られる。低速砲弾においては、ほんのわずか重力をうち消してあるばかりだ。それでも、途中で地面に落ちるようなことはない」
「それはいいが、砲弾の飛ぶ方向は、どうするのですか」
 ロッセ氏が、息をはずませて訊《き》く。
「それは飛行機や艦船《かんせん》と同じだ。舵《かじ》というか帆というか、そんなものをつけて置けば、いいのだ。操縦は遠くから電波でやってもいいし、砲弾の中に、時計仕掛《とけいじかけ》の運動制御器《うんどうせいぎょき》をつけておいてもいい。――それはまあ大したことがないが、わしの自慢したいのは、この砲弾は、はじめに目標を示したら、その目標がどっちへ曲ろうが、どこまでもその目標を追いかけていくことだ。だから、百発百中だ」
「ほう、おどろきましたな。目標を必ず追いかけて、外《はず》さないなんて、そんなことが出来ますか」
「くわしいことは、ちょっといえないが、軍艦でも人間でも、目標物には特殊な固有振動数《こゆうしんどうすう》というものがあって、これは皆違っている。最初にそれを測《はか》ってお
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