かけた肥満漢であった。姓名は、そのさしだした名刺によると、「袋猫々《ふくろびょうびょう》」と印刷してあったが、これは本名なんだか、または商売名前なんだか、伯爵には見当がつかなかった。
「ちょっと承《うけたまわ》りましたが、実に前代未聞の奇々怪々なる事件ですな」
 と、袋探偵は猫背を一層丸くしながら、伯爵のうしろについて、書斎へはいって来た。
「ははあ、この油絵が、それですか。なるほど、なかなか渋い名画ですな。いや、この絵のことじゃありません。この原画のことを申したのです」
 探偵は巧みに胡魔化《ごまか》しをいうた。
「なるほど、釘が二本抜けていますな。名画のあとへ、こんな怪画を入れて行くとは、けしからん犯人です。必ず犯人をつきとめて御安心願うようにします。盗難のあった前夜のことから詳しく話していただきましょう」
 探偵は熱心に伯爵の話を聞き、そして鋭い質問を連発した。
「なにしろ御承知のように零落して居りまして、雇人と申しては年とった小間使お種《たね》と、雑用の爺や伝助《でんすけ》とだけです。僕は毎夜この書斎で画を見て、その後で自分で入口の扉に錠をかけて寝室に引込むのです。その前夜も、
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