の用紙を伯爵に渡し、詳細を書きこんで、警察筋に提出しなさいといって、係官は帰った。
ルパンを相手のガニマール探偵のようなきびしい捜査や家人や雇人たちについての執拗《しつよう》な訊問《じんもん》が行われることと思ったのに、そんなことはなかった。係官は、たった一枚の見栄えのしない油絵の紛失について、一向驚いていないように見えた。そればかりか、盗品のかわりに、同じような別の油絵が額縁の中にはいっているんだから、ここの主人公は、差引き大した損をしていないのだと思っているようにも思われた。これでは、伯爵が生命にかけて取戻したいと思っている名画が彼の手許へ戻って来る見込は殆んどないと、伯爵自身は、早くも悟った。
また、事実その通りであることが日を経るに従って、いよいよ明白となった。
そこで伯爵は、私立探偵の手を借りることに決心した。この方面に多少明るい某というやはり伯爵の二男が昔学友であった因縁《いんねん》から、それに頼んで、よき名探偵の斡旋《あっせん》を乞うた、その結果、一人の探偵が、伯爵のわび住居に現われた。猫背で、長いオーバーを引摺《ひきず》るように着、赭顔《しゃがん》に大きな黒眼鏡を
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