顔が、七三向きに直った。ガーゼには、絵具が附着していた。
女は、ガーゼを白いバットの中で洗って、同じようなことを、画面の他の部分に施した。真中のニンフの手の位置が変化し、それから正面向きの左端のニンフが右向きに変った。
「美事美事。藤代さん、大したものだ。とうとう名画の御出現だ。さあそれはあそこの壁にかけよう」
烏啼は上々の機嫌になって、再現した名画を壁間に掲げ、惚れ惚れと眺めた。
彼が藤代女史にやらせている油絵変貌術は、かつてルーブル美術館からダビンチ筆の「モナリザ」を盗み出し、多数の模写を作って大儲けした賊ジョージ・デーンの手法と技術とを踏襲しているのだった。つまり或る薬液があって、それを画面にかけると、後から塗った画は、綺麗に拭い去ることができるのであった。
烏啼と藤代女史とが、この静かな画房の中で、蒐集の名画八枚をうっとりと眺めているとき、音もなく扉があいて、そこからひどい猫背の黒眼鏡をかけ、長いオーバーを着込んだ男がはいって来て、軽く咳払《せきばら》いをした。
烏啼は「あッ」と叫んで、振り向きざま手馴れたピストルを取直し、あわや引金を引こうとして、危いところで辛うじ
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