を支払わざるべからず。掏摸《すり》といえども、財布を掏《す》ったらそのポケットにチョコレートでも入れて来るべし”てなことを主張して居りまする奇賊――いや憎むべき大泥坊でございます。そんなわけで、こちらの御盗難の場合においても、代償として別の画をはめていったものでありまして、稀《まれ》に見る義理堅い――いや、憎みても余りある怪々賊であります」
「なるほど。これは奇々怪々だ」
伯爵は奇賊烏啼天駆の話が初耳だったので愕いた。然《しか》し袋探偵の言葉の中に、ちょいちょい耳ざわりなところがあるのが気になった。或る箇所では、探偵は烏啼を尊敬しているようにも聞える。
実は、これは深い由緒《ゆいしょ》に基く。賊の烏啼と探偵の袋とは、永年追駆けごっこをしているのだ。お互いに背負い投げをいくども喰い、そしてにがい水をお互いにふんだんに呑ませ合った仲であった。年月が経るに従って、こんどこそ相手をとっちめてやるぞという決心がむらむらと湧いて来ると共に、相手に対する奇妙な懐しさも湧いて来るという始末であった。これも人情の機微であろう。
「で、その烏啼とやらが、僕の名画を盗んだことを白状したのかね」
「いえい
前へ
次へ
全28ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング