烏啼天駆《うていてんく》のこと


 その翌日のことである。
 袋探偵は、いよいよ猫背を丸くして、黒眼鏡の背景の大きな顔を、よく熟れた蜜柑《みかん》のように赭くして、伯爵の許へやって来た。
「怪賊の見当がつきましてございます」
 と、袋探偵は伯爵の顔を見るより早く云った。
 これには伯爵も愕いた。へぼ探偵にちがいないと、昨日は内心がっかりしていたのに、予期に反してこの快報をもたらしたのであるから、愕き且《か》つ怪《あやし》んだ。
「本当かね」
「いや、それについてご説明をいたさなくては信用なさらないでしょう。実は、例の怪賊の手口からして糸口を辿《たど》っていったのですが、実に実に賊は容易ならん奴ですぞ」
「賊は誰でも差支えないが、あの名画は、何時僕のところへ戻るだろうか」
「名画の取戻し方については、まださっぱり自信がないのですがが賊の見当だけは果然つきましたゆえ……」
「待ちたまえ。今も云うとおり、賊は誰であっても僕は構わない。問題は、あの名画が僕のところへ戻るか戻らないか、それを早く報告して貰いたい」
「それは逐次《ちくじ》順を追って捜査いたし、御報告をいたします。しかし今日御報告
前へ 次へ
全28ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング